早河シリーズ短編集【masquerade】
 帰宅ラッシュの列車内。暗闇の窓に映る自分は疲れた顔をしていた。

 過去に遊んだ女のことなど、いちいち覚えていない。それなりに情を持って接した女達には申し訳ないことをした罪悪感もあるが、互いに遊びと割りきった関係の女に罪悪感はない。

 女を弄ぶ男も、その日初めて会った男に簡単に身体を許す女も、どっちもどっち。
どちらが一方的に悪いのではなく、共犯者で同類なだけだ。

三輪七海には悪いが、彼女が過去に弄んだ女だとしても罪悪感もなければ記憶にもない。

どんなに美月と新しい未来を築こうとしても、多くの女を泣かせて傷付けた過去は変えられない。その現実をまざまざと突きつけられた。

 三輪七海とはしばらく仕事上の接触が増えるだろう。厄介な事態にならなければいいと懸念を抱えて、隼人は目黒の自宅に帰宅した。

出迎えの美月の顔を見て心が安らぐ。彼女の存在を確かめるようにきつく抱き締めた。

『今日は怖いことなかった?』
「うん。一昨日も昨日も大丈夫だったから勘違いだったのかも」
『勘違いならそれが一番。とにかく良かった』

 美月には三輪七海の件は伏せておくことに決めた。誰かに付け狙われているかもしれないと不安になっている美月に、余計な気苦労をかけさせたくない。

「明後日の金曜日、同期の人達と飲み会があるの。もうすぐ研修も終わるから同じグループの人達と打ち合げでもしようって話になって……」
『いいじゃん。行ってこいよ』
「いいの? 夜遅くなっちゃうのに……」

 美月は二人分のご飯を茶碗によそって、隼人の茶碗を彼の席に置いた。箸置きに置かれた箸は親友の比奈がプレゼントしてくれた夫婦箸だ。

『研修で親しくなった同期は部署が違っても頼りになる存在だ。俺の同期の馬場や高石とか、あいつらとは入社式や研修で仲良くなったんだよ』
「馬場さんも高石さんも面白い人だよね。私のグループの人達も、皆イイ人ばかり」

今夜のメニューはエビフライ。美月が作ったエビフライを隼人は笑顔で頬張っている。
手作りの料理を美味しく食べてくれる人がいると慣れない家事も苦ではない。

『俺に遠慮せずに楽しんで来いよ。帰りはタクシー使えばいいし、時間と場所によっては俺が迎えに行けるかもしれない』
「うん。ありがとう」

 半年後に控える結婚式の話やゴールデンウィークにどこに出掛けようかと言った楽しい話題を選んで、水曜日の夜も何事もなく過ぎた。
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