早河シリーズ短編集【masquerade】
 カラオケ店を出た先の通りで美月は池田と一緒に隼人の到着を待っていた。

「一緒に待ってもらってごめんね」
『いいよ。旦那さんが来るまでのボディーガードだと思って』

 金曜夜の新宿の街は、多くの車や人が行き交い、酔っ払って千鳥足で歩く男性も何人か見かけた。夜にひとりで歩くには新宿は物騒な街だ。

「池田くん歌上手いね」
『あれくらいしかまともに歌えないよ。最近の流行りの歌はさっぱりだしね』

 亀山の忠告が頭をよぎり、ぎこちなさを誤魔化そうとして必死に話題を探しても長くは続かない。
池田の雰囲気も今夜は何か違っていた。夜のせい? アルコールのせい? 新宿の街のせい?

『新婚さんにこんなこと聞くべきじゃないけど、結婚早まったって思ったりしない? 飲み会でも旦那のこと考えて遅くまで参加できないし、もっと他に、いい人いるかもって思わないの?』

春の匂いを運ぶ夜風が美月の髪をなびかせる。サラサラと揺れるロングヘアーに触れたいと願っても触れることが許されない葛藤の海で、池田はもがいていた。

「確かに主人のことを考えて二次会の途中で帰るのは寂しくもあるよ。やっぱり皆と遅くまで遊びたい気持ちもある。でもそれ以上に早く主人に会いたくなるんだ」

 左手薬指の指輪をいとおしく撫でる美月の横顔はとても綺麗だ。悔しいが、美月がより美しいと感じるのはいつも彼女が夫の話をしている時だった。

こんなに可愛い人を独り占めしている彼女の夫が憎らしくなる。

「彼よりも素敵な人はもちろんいると思うよ。だけど結婚するなら主人以外は考えられなかった。早まったとも思ってないよ」
『……ごめん。変なこと聞いたね』
「ううん。22で結婚してることを不思議がる人もいるから、池田くんの疑問も当然だよ」

 隼人と出会って6年の間に様々な出来事があった。笑顔の日も涙の日も、隣には隼人がいた。
どんな日でも隣に居て欲しい存在は隼人だけだった。

 美月のスマートフォンが着信する。到着を知らせる隼人からの電話だ。

「主人が着いたみたい。一緒にいてくれてありがとね」
『いや……気を付けて』

無理に笑おうとする池田の笑顔はひきつっている。彼のひきつった笑顔に気付いても、美月にはどうすることもできない。

『木村さん、俺……』

 言いかけた言葉を池田は飲み込んだ。車のヘッドライトの流れる大通りの傍らで無言の男女が向かい合う。
着信画面のままの美月のスマホからは何も聞こえなかった。

「……池田くん?」

言葉の続きをどれだけ待っても池田は口を閉ざして動かない。
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