早河シリーズ短編集【masquerade】
 新宿から目黒に向けて走行する隼人の車が信号待ちで停車した。夜の新宿は夜遊びを楽しむ老若男女で溢れている。

『一緒にいた男、同じグループの奴?』
「そうだよ。同期の池田くん。隼人が迎えに来るまでひとりで待ってるのは危ないからって、一緒に居てくれたの」

 隼人は先ほど会った池田の風体を思い出す。表面上は礼儀正しくこちらに会釈をしていたが、隼人を見る池田の表情は穏やかではなかった。

(一応、威嚇しておいたから心配ないだろうけど……)

勘のいい隼人は池田の美月への好意を瞬時に見抜いた。
池田はこちらが睨み付けただけで肩を震わせた男だ。気質としては、それほど気が強くはなさそうに見える。

しかし何か釈然としない。気の弱い人間ほど化けると厄介だ。

「配属先決まったよ。トータルコーディネート部になった」
『おお、そこって美月が希望してた部署だよな』
「うん。ショールームの接客もあるから楽しみ。さっきの池田くんも同じ部署」
『あいつもか……』

 美月の仕事上の付き合いに隼人は口は挟まない主義だ。男性社員との交流はこれからもあるだろう。

隼人もビジネスとしての異性の付き合いはある。同僚との交流を美月だけ制限するのは、彼女の社会性を奪ってしまいかねない。

「だけどね、同じグループの男の子に池田くんには気を付けろって言われたんだ。池田くんは“表向き”はいい人だって言うの。私にはよくわからなかったんだけど、隼人はどういう意味だと思う?」

まさか美月の方から池田の話題を持ち出すとは思わなかった。
美月もいつまでも子どもではない。彼女なりに考えて行動している。その結果、隼人の意見を聞いてみたのだろう。

『俺は美月に忠告してきた奴と同意見』
「隼人も池田くんには気を付けた方がいいって思う?」

 助手席の美月から見える隼人の横顔は見慣れたポーカーフェイス。そのポーカーフェイスの裏側で隼人の思考は常に稼働している。

美月は隼人の思考力に絶対的な信頼を寄せていた。彼は、一時の個人的感情で人を判断する人間ではない。

『美月の職場のことに俺がどこまで口を出せばいいかわからねぇが、池田って奴は美月に惚れてる。俺のことめちゃくちゃ睨んでたからな』
「池田くんが隼人を?」
『お前の見てないところで怖ーい顔してた。だからちょっと威嚇しておいた』

 家路を辿る車内での夫婦会議で、亀山の忠告が隼人の証言によって確信を持つものに変わる。
美月から見える池田は率先して意見を述べる頼れるリーダー。だが、隼人や亀山からは美月には見えない池田の側面が見えている。

もしも池田の知られざる一面を垣間見てしまった時はどうすればいい?

 黙考する美月の頭に隼人の手が触れた。

『そんなに考え込むなよ。池田とは仕事以外では関わらないようにすればいい。飲み会もこれからも気兼ねなく参加すればいいし。な?』
「そうだね。隼人ありがとう。隼人に相談してよかった」

不安は二人で分け合って半分こ。喜びは二人で分かち合って倍以上。

『念のため美月の身体に毎朝俺の匂い染み込ませようか?』
「それは遠慮します」
『今朝は欲しがりだったくせに。キスマークの効果は抜群だっただろ?』

 住宅街の道は対向車も少なく、道も空いていた。無人の横断歩道と赤信号を前にして停車した車内で、隼人が助手席に身を乗り出す。

住居のマンションは目と鼻の先、それでも二人は待てなかった。信号が青に変わる直前まで二人は唇を重ね合わせた。

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