早河シリーズ短編集【masquerade】
ゴールデンウィークが過ぎ、街は桜色から新緑色の季節に移り変わる。
5月10日(Thu)
連休の余韻も消えてきた木曜日、場所はJSホールディングス経営戦略部。木村隼人はパソコンを睨み付けて溜息を漏らした。
パソコンに表示されたメール受信欄のアドレスにいい加減うんざりする。
メールの差出人はあの三輪七海。4月下旬から彼女は何度も、隼人に個人的な内容を思わせるメールを社用のパソコンに送り付けている。
メールの本文にざっと目を通して削除した。彼女から送られたメールは今日はこれで三通目、どのメールにも仕事に関係する内容は含まれていなかった。
男にメールを出す暇があるなら仕事をしろよと言いたくなる。
仕事に関係のないメールは控えてほしいと返信しても無駄。ここまで来ると狂気の沙汰だ。
普段の隼人なら社内でネガティブな感情を露にしないが、連日続く三輪七海からのメール攻撃には、さすがの隼人も勤務中に大きな溜息が出てしまう。
『木村ー。少しいいか?』
隼人を手招きした田崎次長は人気《ひとけ》のない廊下まで彼を連れ出した。
『仕事中に浮かない顔で溜息なんて珍しいな』
『すみません。少し厄介事を抱えていて……』
田崎に七海の件を話すべきか否か、隼人は思案していた。提携先の社員の七海は仕事相手ではあるが、隼人にプライベートな交流を要求している。
『当てずっぽうで言うが、厄介事の種はエクリチュールジャパンの三輪七海?』
『次長……どうしてそれを?』
隼人と七海が過去に付き合いがあった事実を知る者はいない。隼人でさえ七海のことはよく覚えていないのだ。
『エクリチュールジャパンの社長知ってるか?』
『鍋島一馬《なべしま かずま》ですよね。自己啓発本やエッセイも書いてる……』
『あのクッソ面白くもない本な。鍋島は大学時代に仲間と立ち上げたエクリチュールジャパンを大手広告代理店にまで押し上げたやり手実業家。年齢はまだ40そこそこだ。今はここまでにしておくか』
田崎は何故かそこで薄ら笑いを浮かべた。田崎が薄ら笑いをする時は腹に一物ある証拠。
5月10日(Thu)
連休の余韻も消えてきた木曜日、場所はJSホールディングス経営戦略部。木村隼人はパソコンを睨み付けて溜息を漏らした。
パソコンに表示されたメール受信欄のアドレスにいい加減うんざりする。
メールの差出人はあの三輪七海。4月下旬から彼女は何度も、隼人に個人的な内容を思わせるメールを社用のパソコンに送り付けている。
メールの本文にざっと目を通して削除した。彼女から送られたメールは今日はこれで三通目、どのメールにも仕事に関係する内容は含まれていなかった。
男にメールを出す暇があるなら仕事をしろよと言いたくなる。
仕事に関係のないメールは控えてほしいと返信しても無駄。ここまで来ると狂気の沙汰だ。
普段の隼人なら社内でネガティブな感情を露にしないが、連日続く三輪七海からのメール攻撃には、さすがの隼人も勤務中に大きな溜息が出てしまう。
『木村ー。少しいいか?』
隼人を手招きした田崎次長は人気《ひとけ》のない廊下まで彼を連れ出した。
『仕事中に浮かない顔で溜息なんて珍しいな』
『すみません。少し厄介事を抱えていて……』
田崎に七海の件を話すべきか否か、隼人は思案していた。提携先の社員の七海は仕事相手ではあるが、隼人にプライベートな交流を要求している。
『当てずっぽうで言うが、厄介事の種はエクリチュールジャパンの三輪七海?』
『次長……どうしてそれを?』
隼人と七海が過去に付き合いがあった事実を知る者はいない。隼人でさえ七海のことはよく覚えていないのだ。
『エクリチュールジャパンの社長知ってるか?』
『鍋島一馬《なべしま かずま》ですよね。自己啓発本やエッセイも書いてる……』
『あのクッソ面白くもない本な。鍋島は大学時代に仲間と立ち上げたエクリチュールジャパンを大手広告代理店にまで押し上げたやり手実業家。年齢はまだ40そこそこだ。今はここまでにしておくか』
田崎は何故かそこで薄ら笑いを浮かべた。田崎が薄ら笑いをする時は腹に一物ある証拠。