早河シリーズ短編集【masquerade】
『エクリチュールジャパンに知り合いがいてな。あちらさんの情報も小耳に挟むこともある。三輪七海がお前にお熱だって情報もな』
『はぁ。そんな情報どこから入るんですか。エクリチュールジャパンに次長の女でもいるんですか?』
『ま、追い追い教えてやる。オリエンテーションの時にでも三輪七海に惚れられたってことか』
『と言いますか、大学時代に遊んだ女らしいです。俺は彼女のことを全く覚えていませんが……』

 田崎が豪快に笑っている。愉しげに振る舞う田崎に対して、隼人には少しも愉しくない話題だった。
こうなることがわかっていたから、田崎にはこの件を話したくなかったのだ。

『大学時代に遊んでた女と仕事で再会。それは災難だったなぁ。で、あちらさんはお前に絶賛アプローチ中なんだろ?』
『俺が結婚しているのを承知で、プライベートな付き合いを要求しています』
『それはそれは。顔がいい男は生きてるだけで大変だな。三輪七海を厄介者呼ばわりしてるなら、つまみ食いする気はないんだろ?』
『当たり前です。俺は妻がいればそれで充分ですから』

 隼人は自販機で田崎が購入した紙コップのコーヒーに左手を添える。浮気をして美月を裏切る気は毛頭ない。

熱いコーヒーが喉を通る。今日は七海のメールに悩まされて、ゆっくりコーヒーを飲む精神的な余裕もなかった。

『それを聞いて安心したよ。お前をそこまで骨抜きにした嫁さんが悲しむ顔は俺も見たくないしな』
『三輪七海の件は自分で解決します。ご心配おかけして申し訳ありません』
『プライベートに口出しはしないが、面倒なことになりそうならすぐに言えよ』
『はい。コーヒーご馳走さまでした』

 中身の残るカップコーヒーを軽く掲げて会釈した隼人が先に廊下を去った。田崎は廊下の壁に背をつけて悠々とコーヒーを味わいながら、スマートフォンの着信履歴を眺めて口角を上げた。

(さぁて。木村隼人のためにアイツは動くか。見ものだな)


< 193 / 272 >

この作品をシェア

pagetop