早河シリーズ短編集【masquerade】
『池田ちゃん今のに乗らないのか?』
『そうしたいとこだけど他の階に呼ばれたから』

 誰も乗らなかったエレベーターは階数パネルの数字が動いている。池田の視線を気にしつつ、鈴川は美月の隣に立った。

『どこかで茶でも飲みながら……と思ったけど変な噂立って美月ちゃん困らせるのも嫌だし、ここで用件話していい?』
「鈴川くんがいいなら私は構わないよ」

再び池田が呼んだエレベーターがフロアに到着した。こちらを一瞥してエレベーターに乗り込む池田に鈴川が軽く手を挙げる。
エレベーターの扉が閉じると鈴川は肩を落とした。

『池田ちゃんも露骨だよなぁ』
「露骨?」
『今まで妙に空気ピリッピリしてただろ? 俺が美月ちゃんと仲良くしてるのが気に入らないのかも。あんなあからさまに態度に出されても困るよねぇ』

 エレベーターホールから伸びる廊下の先には開けたスペースにソファーが置いてある。定時を過ぎて人の気配のないソファースペースに二人は移動した。

『最近麻子ちゃんと会った?』
「今日のお昼ご飯一緒に食べたよ」
『そっか。麻子ちゃんから……俺の話何か聞いた?』
「ゴールデンウィークのことなら。なかったことにしようって鈴川くんに言われたことも」
『うわっ……そこまで……。そういう時の女子の情報共有って恐ろしい』

鈴川が頭を抱えて項垂れる。お笑いネタを言っておちゃらけている彼がこんなに気落ちする姿は初めて見た。

『美月ちゃんは俺のこと軽蔑した?』
「それは鈴川くん次第かな。鈴川くんが一夜限りの遊びのつもりだったら、麻子ちゃんを傷付けた鈴川くんを許せないよ。でもそうじゃないよね?」

鈴川は首を縦に振った。

『麻子ちゃんって見た目派手に見えるじゃん? 新入社員の女の子の中でも華やかで目立つタイプの子だから。男からすればああいう外見の子は遊んでそうに見えるんだ。別に麻子ちゃんが男遊びしそうって思ってるんじゃなくて、麻子ちゃんみたいなタイプがってことだよ?』
「大丈夫。わかってるよ」

 美月の微笑みは人を優しく包み込んで安心させる。彼女の微笑に安堵した鈴川は胸中を語った。

『俺も麻子ちゃんは最初はタイプじゃなかった。むしろ恋愛対象としては苦手って言うか、正直言うと最初は美月ちゃんがいいなって思ってた。結婚してるって知って、片想いする前から脈なしかよってガッカリしたグループワーク初日でしたよ、まったく』
「ふふっ。正直だね。私も友達としてなら鈴川くんのこと好きだよ」
『うっ。なんか今あっさりフラれた感……。まぁね、美月ちゃんがダメなら次ー! ってわけでもないんだけど……。同じグループで麻子ちゃんと一緒にいる時間が長くなって、なんとなくプライベートな話もするうちに麻子ちゃんの大学時代の元彼の話を聞くようになったんだ』

 麻子の元彼の話は美月も聞いている。麻子がブルーミングハウスに入社する直前、3月に別れたと言っていた。
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