早河シリーズ短編集【masquerade】
『やっぱり田崎次長が絡んでいたんですね。次長はエクリチュールジャパンに知り合いがいると言っていましたが、それが長谷川さん?』
「まぁね。田崎はあなたが相当お気に入りなのよ」
『田崎次長とはまだ……?』

 雅が現在も田崎と連絡を取り合っていることで生まれた隼人の邪推を、彼女は快活な笑いで吹き飛ばした。

「勘違いしないでね。田崎とはとっくに終わってる。今はビジネスの付き合いだけ。例えるなら戦友ってとこね。それに、ほら」

 雅は左手の甲を隼人に向けて掲げた。細長い薬指には指輪が輝いている。

「私もあなたと同じ新婚さん」
『おめでとうございます。だから以前よりさらにお綺麗になられたんですね』
「君も一人前にお世辞が上手くなったね」

顔をくしゃくしゃに綻ばせた雅の笑顔を初めて見た。4年前にJSホールディングスを辞めてから、雅の人生にも様々な変化があったのだろう。

 昔と同じショートヘアーの彼女は昔とは違う柔らかな雰囲気を纏っていた。

『長谷川さんはよく笑うようになりましたね。うちにいた頃よりも生き生きしているように見えます』
「そういう人の変化に鋭いとこは相変わらず生意気な奴。でもありがとう。こんな風に笑えるようになったのは、旦那のおかげかな」
『ご主人はどんな方ですか?』
「社長よ。エクリチュールジャパンの」

さらりと言い放たれた言葉に隼人は珍しく放心する。

「名刺では旧姓を名乗ってるけど、今の本名は鍋島雅。夫はエクリチュールジャパン社長の鍋島一馬。どう? 驚いた?」

 昨日、どうして田崎がエクリチュールジャパンの社長の話を持ち出したのか、あの時の田崎の何かを匂わせた態度も、雅が隼人と七海の揉め事を知っていた理由も、すべてが繋がった瞬間だった。

田崎と雅にしてやられた形だ。人生の先輩にはまだまだ敵わない。

「三輪は今回のプロジェクトチームから外します。今後あなたに迷惑がかかることは私がさせないから安心して。あの子もこれ以上、あなたに付きまとっても虚しいだけだと理解したでしょう」
『お手数おかけします』
「いいのよ。だけど私が辞めた後も元カノに刺されたり色々あったんだって? 女問題が絶えなくて奥さんも大変ねぇ。ま、頑張りなさい」

 表の通りまで雅を見送った後、視線を感じて振り向くと玄関扉の前に田崎が立っていた。

『次長。いらしていたんですか』
「ただの野次馬。これで一件落着ってとこか』
『なんとか。次長にもご心配おかけしました』

一礼した隼人を見下ろして田崎は口元を斜めにする。彼は雅が去った方向を見つめた。

『雅……ここにいた時よりも明るくなっただろ?』
『はい。長谷川さんがあんなに笑う人だとは思いませんでした』
『俺じゃあんなに笑わせてやれなかったからな』

 少し寂しげな目元の田崎の横で隼人は夕暮れの気配が現れる空を見上げた。

『昔の話だから時効だと思って言うが、雅はお前に本気で惚れてた。お前が雅を振った時、相当ダメージがあったみたいだぞ』
『だからこそ、あの時にちゃんと断って良かったと思ってます。長谷川さんを傷付けたくない』
『ほぉ。顔のいい男は生きてるだけで罪だな。木村隼人って名前もスカした名前しやがって』
『好きでこの顔に生まれたんじゃありません。名前は親に文句言ってください』


 ──“まったく。男ってしょうがない生き物ね”──

 天国からこちらを見下ろす寺沢莉央にそう言われている気がした。
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