早河シリーズ短編集【masquerade】
 ショールームの業務終了が迫る頃、三階にいた美月の肩を池田が軽く叩いた。

『新見さんがアウトレットの方に来てって。手伝って欲しいことがあるらしいよ』
「アウトレットで? お客様から要望があったのかな……」

二人は社員用エレベーターで地下一階に降りる。アウトレットの家具が展示されたフロアに客足は少なく、千鶴の姿も見当たらい。

「新見さんどこだろ?」
『おかしいな。さっきはここに居たんだけど……こっちかも』

 フロアの奥に向かう池田についていくと彼は倉庫の扉を開けた。中に入る池田に続いて美月も倉庫内に足を踏み入れる。

ダンボールが積まれた倉庫は埃っぽく、視界に靄《もや》がかかったみたいにぼやけている。

「ここにも新見さん居ないね。出よっか」

倉庫に千鶴がいないことを確認して踵を返した美月の前に池田が立っていた。彼は倉庫の扉の前に仁王立ちしている。

「池田くん? ねぇ……そこに立たれたら外に出られないよ?」

 埃の舞う、ぼやけた空気の向こうに見えた池田は薄く笑っていた。もしも人間に危険を察知するセンサーがついているのなら、今の美月のセンサーはけたたましく鳴り響いているだろう。

『本当に君は素直だよね。新見さんはここには居ない。最初から居ないんだよ。俺の言うことを簡単に信じてくれてありがとう』
「……私を騙したの?」
『そうだね……でもこうするしかなかったんだ』

池田から感じるのは底知れぬ恐怖。

(隼人の勘、大当たり。亀山くんの言ってた“表向きはイイ人”の意味もやっとわかった。今頃わかるなんて、ほんと私って鈍感……)

 近付く彼から逃れようと後退りした美月の身体は壁にぶつかり、これ以上の逃走を許してくれない。

『こうするしかなかった』
「嫌……来ないでっ!」

 池田を振り切っても逃げ切れず、力強く掴まれた腕を引き寄せられた瞬間に身体中に電流が走った。意思とは関係なく身体の自由が効かなくなった美月は膝から崩れ落ちる。

『しばらく我慢してね』

池田はスタンガンをポケットにしまい、動けない美月の身体にロープを巻き付ける。スタンガンの電流の影響で抵抗できない美月は、目隠しをされて口にはガムテープを貼られた。

美月の視界は闇に閉ざされる。ガムテープを貼られた口からは声も出せない。

『さぁ行こう。俺達の楽園に』

 狂気を帯びた不気味な声色は美月が知る“池田大夢”とはまるで別人だった。

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