早河シリーズ短編集【masquerade】
 木村隼人は午後のプレゼンを終えて同僚と一息ついていた。コーヒーを飲みつつ雑談をしていると、手元のスマートフォンが振動する。
彼はブレイクタイム中の同僚の輪を抜けて廊下に出た。

 マナーモードの振動を鳴らすスマホに表示された電話番号は携帯電話ではなく、東京都の市外局番からだ。心当たりのない番号だった。

『はい……』
{お忙しいところ恐れ入ります。ブルーミングハウス、トータルコーディネート部の新見と申します。そちらは木村美月さんのご主人のお電話でよろしいでしょうか?}

ブルーミングハウスは美月が勤めている会社だ。美月の緊急連絡先として、夫である隼人の携帯電話の番号はブルーミングハウス側に伝わっている。

『はい、そうです。妻がいつもお世話になっております。あの、美月に何か……?』

美月本人ではなく会社の人間から隼人に連絡が来るとは、ただ事ではない。

{美月さんが業務の最中に同僚の社員に連れ去られました。警察には先ほど通報しましたが……}

 小さな予感は確信に変わり、心のざわめきを一層強くする。生きた心地がしないとは、まさにこのことだ。

居ても立ってもいられなくなった隼人は田崎に手短に事情を説明してJSホールディングスを飛び出した。
< 209 / 272 >

この作品をシェア

pagetop