早河シリーズ短編集【masquerade】
 池田の粘性のある気持ち悪い視線に堪えて美月は彼を睨み付けた。

「私の人生に池田くんが口出しする権利ない。私が誰と結婚しようと、私の自由よ。私は主人と結婚したくて結婚したの。あなたには関係がない」
『ダメだなぁ。そんな口の利き方は君らしくない。君はもっと可愛く、ほわほわとしていなくちゃ。俺の言うことには、“はい”と従っていればいいんだよ』

 反抗的な美月の態度に池田の表情も変わった。粘性の眼差しには冷たさが加わり、笑顔はひきつっている。

『初めて見た時からこの子だって思った。可愛くて従順で、君は俺の理想の女の子だ。それなのにどうして他の男のものになった? どうして俺を裏切った?』

穏やかな口調から一変した、冷たく棘のある口調。これが池田の本性だ。

(この人……何言ってるの? 裏切ったって言われても、最初から私とあんたは恋愛すらしてないじゃないっ。この勘違い男!)

 池田は美月に自分の理想を押し付けて理想のフィルターから美月を見ているだけ。こんなもの愛じゃない。身勝手な願望だ。

『何で……何で女はいつもそうやって俺に逆らう? 君だけは違うと思っていたのに……』

 グシャグシャと髪を掻き乱した池田は狂ったように笑い出した。彼は血走った目で美月を直視する。

怖くない、怖くない。あの犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖の殺気に比べれば、池田の殺気なんてまだまだ可愛いものだ。

(犯罪組織のキングと一般人を比べるのもアレだけど……。私を誰だと思ってるの? 犯罪組織のキングと対決した女なんだから。ちょっとやそっとの脅しじゃビビらないのよ)

 3年前の大学2年の冬、貴嶋にホテルに軟禁された時は貴嶋は美月が逃げ出すのを見越して部屋の鍵を開けなくさせ、電話機も取り外していた。

(キングは意見を主張すれば話はちゃんと聞いてくれる人だった。でも池田くんは私の話すら聞かない。この人には何を言っても通じない)

 不思議なものだ。どうしてこんな時に貴嶋の顔が思い浮かぶ?

躊躇なく人を殺す貴嶋は決して美月に恐怖を与える行いはしなかった。大学関係者全員を人質にされて脅されたり、軟禁されたり……まぁ、非道な行いも色々あったが、常に紳士な振る舞いをしていた貴嶋は今の池田よりは話も通じた。

(って、またキングのこと思い出して懐かしくなってる場合じゃなかった。ここから逃げる手段を見つけないと……)

 これがおとぎ話の世界なら格好よくヒーローが駆け付けるお約束が用意されているが、現実世界にそんなお約束は存在しない。

自分の身は自分で守らなければ。

(池田くんが私の足を縛らなかったのは逃げ出さないと思っていたから? よっぽど、とろくさそうに見えたのかな? これでも中学時代はバスケ部だったんだからっ!)

 どうすれば逃げられる?
見た所、ここはアパートかマンションだ。何階かはわからない。部屋のカーテンは締め切られていて外の風景も見えない。

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