早河シリーズ短編集【masquerade】

 ──“この世に神はいると思う?”──

 貴嶋に問われた例の質問の答えを、美月はまだ探している。貴嶋は神はいないと言った。

神がいるのなら人が人を殺すことを黙認していないだろう、と。
神がいるのなら、神は美月と池田のどちらの味方?

(だけどね、キング……。私は信じたいよ……神様はいるって……)

 喉を締め付ける力が強くなる。死の予感を感じた美月は固く目を閉じた。

『……美月っ!』

 これは死の間際の幻聴? 黄泉の国に旅立った自分の都合のいい妄想?
そんな想像をしてしまうほど、一番聞きたかった愛する人の声が聞こえた事実が、美月は信じられなかった。

 首の圧迫から解き放たれて甘いムスクのぬくもりに包まれる。この声、この香り、このぬくもり、顔を見なくても誰のものかはっきりわかる。

『おい美月! 大丈夫か?』
「木村さん!」

隼人と新見千鶴、双方の声が美月に届く。死の恐怖から解放された美月は最も安心できる場所、隼人の腕の中に誘われた。

 首を絞められた影響で咳き込む美月の背中を隼人が優しくさする。溢れ出て止まらない涙も隼人が手で拭ってくれた。

『間に合って本当に良かった……』

 咳き込む美月に負担のかからない力加減で隼人は彼女を抱き締めた。大好きな隼人の香りに包まれて、ようやく呼吸が楽になってくる。

『美月ちゃん。大丈夫かい?』

上野警部の声がする。隼人の胸元に伏せていた顔を上げると、すぐそばで上野が身を屈めていた。

「上野さんも来てくれたんですね」
『遅くなってごめんね。君の会社の人から連絡をもらったんだ』

上野と千鶴が目を合わせた。千鶴は目元を潤ませて美月の手を握る。

「新見さん……ありがとうございます」
「ううん。私こそ、何もできなくてごめんなさい。あそこで私が池田くんを止めていたらこんなことにはならなかったのに」

 隼人や千鶴、上野の優しさに包まれて安堵したのも束の間、部屋の片隅では警官に取り押さえられた池田が暴れていた。

『何故だっ? ここは俺と美月の楽園だ! お前ら全員出ていけぇ!』

池田は床に突っ伏した体勢で二人の警官に押さえ付けられている。彼は手錠をかけられても、小さな子どもが駄々をこねるようにもがいていた。

『……新見さん。美月をお願いします』

 美月を千鶴に託して隼人は立ち上がった。隼人の形相を見れば、彼の怒りが頂点に達していることは明らか。
美月に向けていた温かな瞳が今は怒りの炎で燃えている。

『おい、お前。自分が何したかわかってんのか?』

怒りを含んだ、低くて冷めた隼人の声を聞いた池田が身震いした。隼人は池田を拘束する二人の警官を見る。

『しばらくコイツから離れてもらえますか?』

隼人の要求に戸惑う警官達が上野に指示を仰ぐ視線を送った。

『仕方ない。今は彼に任せよう』

 上野の指示で警官達は渋々、池田の拘束を解く。
< 213 / 272 >

この作品をシェア

pagetop