早河シリーズ短編集【masquerade】
『本題はここからだ。美月ちゃんを拉致した男は独り暮らしだった。拉致した彼女を監禁するなら自宅しかないと思った俺は男の自宅に向かったが、犯人が独り暮らしをしている部屋には男も美月ちゃんもいなかった』

 美月拉致の通報を受けた上野は真っ先に池田の自宅に駆け付けたが、家主の池田は不在、美月の姿もなかった。

『男は社用車を使って彼女を運んでいた。社用車のナンバーをNシステムで追いかけてある程度の逃走範囲は絞れたが、肝心の監禁場所がわからなかった。最悪の場合は彼女の死体を見ることになるかもしれないと覚悟も決めた矢先に、俺の携帯にメールが届いた』

(※Nシステム…自動車ナンバー自動読取装置)

『メールには犯人の男のスマートフォンの位置情報が添付されていた。そこは都内のマンスリーマンションだ。調べてみると、そのマンションは男の父親が経営する不動産会社が扱う物件だった。半信半疑でそこに向かったらマンションの部屋に犯人と美月ちゃんがいたんだ』

 芽生えた疑惑の核心を早く掴みたいがための焦りが生じる。焦りを貴嶋に悟られまいと、上野は意識的に話す速度を遅くした。

『犯人は父親が扱うマンションの部屋の鍵を内緒で入手して、しばらく美月ちゃんをその部屋に監禁しておくつもりだったと供述している』
『誰にも知られない秘密の隠れ家に美月を閉じ込めておく……趣向としては素敵ですね。でも親の持ち物を拝借したのは頭が悪い。そこから足がつくことはわかりきっている』

 貴嶋がやるならもっと巧妙な手口を使うだろうと上野は思う。3年前に美月を連れ去った時も、貴嶋は美月が通う大学の人間全員を人質にして彼女を脅したくらいだ。

『問題は誰が、何のために犯人のスマートフォンの位置情報を俺に送ってきたのか、それも警察本部ではなく、直接俺の携帯宛にメールを送ってきた差出人。メールアドレスは海外のサーバーを経由していて差出人は特定できなかった。お前に聞きたいのは正体不明のメールの差出人だ。お前には誰かわかっているんじゃないか?』

貴嶋はオーバーなリアクションで身体を仰け反らせた。

『さすがにそれは無理ですよ。私は超能力者ではない。この窮屈な牢獄に閉じ込められている私が何故、貴方にメールを送った差出人がわかると言うんです?』
『例えばの話、カオスの残党がいたとすればどうだ? 警察が把握していないカオスの人間がまだ残っていて、そいつが美月ちゃんを守るために犯人の居場所を俺に知らせたと考えると筋は通る』
『なかなか良いシナリオですね。ではその例えばの話にお付き合いしましょう。カオスの残党が美月を守っていてもそれは罪になりますか?』

 貴嶋の問いかけに上野はすぐには返答ができない。

『美月が助かったのは正体不明の人物が貴方に位置情報のメールを送ったからでしょう? 遅かれ早かれ秘密の部屋の存在は明るみとなるでしょうが、美月の身が危険な状況では一刻を争う。私は美月を助けてくれた正体不明のナイトに感謝しますよ』

貴嶋の言い分に今回は賛同するしかなかった。
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