早河シリーズ短編集【masquerade】
 トイレに行くと理由付けて渡辺は女子の花園を抜け出した。喫煙可の表示のある二階のテラス席に出て煙草を吸っていると、白井直澄が隣に並んだ。
白井も煙草を咥えている。

『先生、予想通り女子に大人気ですね』
『君も予想通り高橋さんを口説いていたね』
『まだ口説くまで達していませんよ』

アルコールで火照った肌に夜風が気持ちいい。

『二次会はどうします?』
『俺はここで失礼するよ。二次会にまで俺がいると学生がハメ外せないだろ?』
『むしろ先生が二次会に行かない方が女子が残念がりますね』
『そう思うなら上手いこと逃がして欲しいね』

 女からの質問攻めにかなりくたびれている。二次会まで参加すれば生気を残らず吸いとられてしまいそうだ。

それに大袈裟でも自惚れでもなく、渡辺に“お持ち帰り”をされたがっている女子学生は多い。
これ以上の飲酒をして、学生と万が一の間違いが起きてはならない。

『さっき、うちの学部生と建築科の学生の話が聞こえたんです。奴ら、この後に善からぬことを考えているようで。建築科の女子をひとり、この後持ち帰る計画をしていましたよ』

 煙草の煙を吐いた白井が声のトーンを落とした。渡辺はやれやれと肩を落とす。

『両者合意の上ならいいが、ひとつ間違えば犯罪だな』
『合意なら別に構わないんですけどね』

白井は煙草を灰皿に捨てて店内に戻る。渡辺はまだテラスで夜風に吹かれていた。

 大学時代の飲み会でもそのような場に居合わせた経験はある。仲間に加わりはしなかったが、酔った女が複数の男に連れて行かれる現場を何度も見て見ぬフリをしてきた。

(昔はそれが自分の女じゃないならどうでもいいと思っていたな)

もしも男達の標的が麻衣子や美月ならば、どんなことをしてでも彼女達を守ろうとする。麻衣子や美月の泣き顔は見たくない。

 複数の男子学生がひとりの女子学生を性の食い物にしようと企んでいるこの状況をポストドクターとしてどうするべきか。

教官や学生でもない曖昧な立ち位置の自分にどこまでの権限がある?
人間として? 社会人として? 男として? 何が正しい?

 煙草をもう一本吸って店内に戻った。学生達は次の二次会の会場に移動を始めている。

「ええー。渡辺先生は二次会行かないんですか? じゃあ私も行くのやめますぅー」

女子学生が一斉に渡辺に群がる。白井が場の指揮をとって女子学生達を渡辺から引き離して、二次会会場に誘導していった。
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