早河シリーズ短編集【masquerade】
『バラしたいならバラせば?』
「えっ……」
『教授達に写真を見せたいなら見せればいいと言っているんだ。言っておくが、俺は追及されて困ることは何もない。写真を見た大学側が俺と小野田泉を疑ったとしても構わない。俺が大学を辞めれば済む話だ』

 彼は立ち上がって、鈴華が腰掛けるデスクに片手をついて彼女を見下ろす。長身の渡辺と小柄な鈴華ではかなりの身長差があった。

『……と、本来なら言いたいところだが、今回は君のワガママに付き合ってやるよ』

困惑する鈴華の後頭部を抱え込んで彼女にキスをした。初めは驚いていた鈴華も徐々に渡辺に身を委ねる。
鈴華の両手が渡辺の背に回るとキスの勢いが強くなった。

 ここは大学の研究室。いつ人が入ってくるかわからない緊張感の中での渡辺とのキスに鈴華は溺れた。

角度を変えて何度も接触するふたりの唇。差し込まれた舌先が絡んで、唾液と吐息の音が交ざった。

 デスクに腰掛ける鈴華の脚の隙間に渡辺の身体が滑り込む。

「先生……、好き……。もっと先生が欲しい……」

 キスの合間に紡がれる鈴華の告白に渡辺の返事はない。ミニスカートから伸びる鈴華の太ももの上に手を滑らせながら、渡辺は彼女の耳元に口を近付けた。

『ひとつだけ言っておく。小野田泉には近付くな』

耳元で囁かれた言葉は期待した甘い言葉ではなかった。キスの時の陶酔した表情から一転して、鈴華は動揺の眼差しを向ける。

「……先生が守りたいのは自分の保身ですか? それとも小野田さんなんですか?」
『保身か小野田か、そんな質問に答えても意味がない。どちらにしろ君には関係がないだろう』

 放たれた言葉は冷たく鋭い。身体に触れる渡辺の手つきも粗っぽく、そこには優しさの欠片もなかった。
こんなに近くにいるのに遠い。キスをして抱き合っても遠くて手が届かない。

「私は先生が好き。本気で好きなんです。どんな手を使ってでも先生が欲しかった。卑怯者と言われても最低だと思われてもいいから、先生に抱いてもらえるならなんでもいいって……」

 とうとう、鈴華の両目から涙が溢れた。彼女はスマホを握り締めて顔を伏せる。泣き出した鈴華の側を離れた渡辺は、棚の上の電気ケトルのスイッチを入れた。

「忘年会の後、私は二次会には行かなかった。ずっと先生がお店から出てくるのを待ち伏せしていたんです。あの後で先生を誘おうと思って……。だけど出てきた先生は女の子をおんぶしてた」

渡辺はカップを用意してコーヒーの準備を始めた。彼が鈴華の話を聞き流していたとしても、鈴華は勝手に話し続けるだろう。

「悔しかった。寒い中待っていても先生はなかなか来ないのに、やっと現れた先生は女の子をおんぶして、その子の愚痴を聞いてあげてた。私が欲しくて堪らない先生を、あの子はあんな簡単に奪っていったの。悔しくて惨めで……」
『で、俺達の後をつけて写真を撮ったのか』

鈴華が頷く。泣いている鈴華に優しい言葉をかけてやることはしないが、勘違いも甚《はなは》だしい。
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