早河シリーズ短編集【masquerade】
 得意げになるなぎさの横で早河が店員に500円玉を渡す。

『お兄さん、俺の分もお願い』
『参ったなぁ。お客さん射的上手そうだから景品ごっそり持っていかれちまう』

 苦笑いした店員が500円と引き換えに銃を渡す。刑事時代に本物の銃を扱っていた早河からすればオモチャ同然の射的の銃。
撃っても人を殺すことのない銃を早河は構えた。

 オモチャの銃とは言え、早河が銃を構える姿をなぎさは初めて目にする。標的を狙う瞬間に変わる彼の鋭い目付きに鼓動が速くなる。
格好いい……と危うく口にするところだった。

1発、2発、3発……次から次へと早河は正確に的を倒す。店員や見物人も淡々と的を倒す早河に感心して拍手を送っていた。

「さすが元刑事! 様になってる」
『久々だけど射撃の感覚は体に染み付いてるものだな。だけど銃の腕は俺より小山の方が上なんだぞ』

 早河が点数の高い的を倒した。元刑事の早河が射的が上手いのは当然と言えるが、彼がこれだけ上手いのに、小山真紀はその上……。
銃の腕前のレベルなどなぎさには想像もつかない。

「真紀さんは警察学校の射撃の成績トップだったって矢野さんに聞いたことがある。仁くんは成績どれくらいだったの?」
『悪くはなかったけど小山と撃ち合いになれば確実に負けるだろうな。小山は警視庁に入る前は所轄の生活安全課にいたんだが銃の腕を見込まれて警視庁配属が決まったくらいだから』

 早河や真紀の知らない一面をまたひとつ知れた。早河が警察を辞めた経緯には、なぎさの兄の死の責任をとる意味合いも含まれている。だから口には出せないが、早河が刑事を辞めてしまったのは少し勿体無くも感じた。

 早河は10発すべて的を外さずに倒した。選べる景品ではなぎさは猫のぬいぐるみ、早河はなぎさのリクエストで季節外れの花火セットを獲得した。

なぎさは花火セットとぬいぐるみを抱えてご機嫌だ。

「冬の夜に花火もいいかなって。矢野さんや有紗ちゃんも誘って皆でやりたいなぁ」

去年の夏に早河となぎさは事務所の屋上で花火をした。あの頃はまだ恋人でもなかった二人がこうして夫婦となって新婚旅行を満喫している。不思議なものだ。

「あの人さっきの……」

 射的屋を出て道を歩いていた二人の前方を女が通り過ぎた。ベージュのコートにニット帽、バスターミナルにいた女だ。

「やっぱりひとりだね」
『ああ……』

女はバスターミナルで見た時には傍らにあったキャリーケースを今は持っていない。どこかの宿でチェックインを済ませて外に出てきたようだ。
なぎさが首を傾げる。

「何か変な感じだよね。一人旅なら温泉地じゃなくてもっとこう、沖縄や海外のリゾート地に行きそうじゃない? それにあの人あんまり楽しそうに見えない。さっきからキョロキョロしてて誰かを捜してるみたいな……」

 早河に同行して彼女もこれまでに浮気調査や素行調査で様々な人間を目にしている。これは探偵の助手として培った慧眼《けいがん》だ。

『人には色々あるからな。あれは彼氏の浮気現場を押さえるために男を追いかけてきたってところだろ』
「それっぽいよね」

 なぎさには探偵の立場での勘を語った。当たらずとも遠からず、よくある展開だろう。

しかしバスターミナルで予感した刑事だった頃の勘は、当たらない方がいいと思ってなぎさには言わなかった。

(あの女が浮気してる男を追いかけて来ただけならいいんだけどな)

再び目にした気になる女の姿は道行く観光客に紛れてもう見えなくなっていた。
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