早河シリーズ短編集【masquerade】
食べ歩きや射的を堪能した後は湯畑近くの無料で楽しめる足湯へ。東屋《あずまや》の建物の下は足湯に浸かる人々で賑わっている。
寒い季節に浸かる足湯はとても気持ちいい。
「お隣よろしい?」
中年の婦人に声をかけられた。化粧は少し濃いが品のいい女性だ。
「どうぞ」
なぎさは婦人が座れるように早河と一緒に隅に寄ってスペースを空ける。一礼した婦人がなぎさの隣に座った。
「新婚さん?」
「えっと……はい」
どうして自分達が新婚とわかるのか、二人がそんな顔をしていると婦人は口許に手を当てて笑った。
「お二人の雰囲気がまだ初々しいものだからつい……。お付き合いしたてか結婚したばかりかなと思ったの。私くらいになるとそんな初々しい雰囲気はどこかに置いてきてしまうからね」
婦人の左手薬指に指輪はないが嵌めていた形跡はあった。早河達も温泉成分での指輪の変色を防ぐために、足湯に入る前に結婚指輪は外している。
婦人の側に夫らしき人物は見当たらない。
「お一人ですか?」
なぎさが遠慮がちに尋ねると婦人は溜息をついて足湯に浸けた足を揺らした。
「主人とは別行動。さっきまで一緒にいたんだけど仕事の電話が入って、それからどこかに行ってしまったわ。でも仕事の電話かも怪しいものよ。まったくねぇ、いい歳していつまで経っても浮気癖が治らないダメな亭主なのよ」
早河となぎさは視線を合わせる。さっきは男の浮気現場を押さえようと執念でここまでやって来たように見える女と出会い、今は偶然隣になった女性から浮気癖の旦那の愚痴が溢れている。
新婚旅行早々、偶然でも不穏な巡り合わせだ。
重苦しくなる空気に気付いた婦人は大袈裟にかぶりを振って笑顔を向けた。
「新婚の方に聞かせるお話じゃないわよね。今のは忘れてちょうだい。ごめんなさい」
「いえ……」
「草津は初めて?」
「初めてです。こちら方面には来たことがなかったので」
話題を変えたのは婦人なりの気遣いだろう。早河はほとんど話さず相槌程度で、主になぎさが婦人の話し相手になる。
話好きのようでこちらが聞かなくても自分からペラペラと話をしてくれた。
「私は草津はこれで五度目。私達も新婚旅行が草津だったの。新婚旅行はもう15年も前の話なんだけどね。お宿も15年前からいつも同じところ。彩《いろ》の葉《は》って旅館わかる? いつもあそこに泊まっているのよ」
これには早河もなぎさも驚いた。旅館 彩の葉は今日と明日に二人が宿泊する旅館だ。
婦人は二人の反応を見て目を丸くする。
「あら、あなた達も同じ旅館?」
「はい。彩の葉に泊まっています」
「そう。じゃあ旅館に帰ってからもどこかでお見掛けするかもしれないわね。その時はまたお話相手になってね」
先に足湯を上がった婦人がその場を去った。嵐が去った後みたいに二人は安堵する。
『話好きなオバチャンだったな……』
「ね。まさかの同じ旅館だって」
『……もう会わないことを祈る』
なぎさも早河に同感だった。あの婦人の何が嫌なわけでもない。話し相手も常識の範囲内の時間ならばいい。
けれどあの婦人にもう会いたくない理由にはそうではない何かがあった。
「バスターミナルで会った人もさっきの人も、観光地には変わった人がいるね」
『ある意味で観光地ってのはそれだけ多くの人間の人生が集まってくるのかもな。そろそろ出るか』
濡れた足をタオルで拭いて身支度を整え、二人も足湯から離れた。
寒い季節に浸かる足湯はとても気持ちいい。
「お隣よろしい?」
中年の婦人に声をかけられた。化粧は少し濃いが品のいい女性だ。
「どうぞ」
なぎさは婦人が座れるように早河と一緒に隅に寄ってスペースを空ける。一礼した婦人がなぎさの隣に座った。
「新婚さん?」
「えっと……はい」
どうして自分達が新婚とわかるのか、二人がそんな顔をしていると婦人は口許に手を当てて笑った。
「お二人の雰囲気がまだ初々しいものだからつい……。お付き合いしたてか結婚したばかりかなと思ったの。私くらいになるとそんな初々しい雰囲気はどこかに置いてきてしまうからね」
婦人の左手薬指に指輪はないが嵌めていた形跡はあった。早河達も温泉成分での指輪の変色を防ぐために、足湯に入る前に結婚指輪は外している。
婦人の側に夫らしき人物は見当たらない。
「お一人ですか?」
なぎさが遠慮がちに尋ねると婦人は溜息をついて足湯に浸けた足を揺らした。
「主人とは別行動。さっきまで一緒にいたんだけど仕事の電話が入って、それからどこかに行ってしまったわ。でも仕事の電話かも怪しいものよ。まったくねぇ、いい歳していつまで経っても浮気癖が治らないダメな亭主なのよ」
早河となぎさは視線を合わせる。さっきは男の浮気現場を押さえようと執念でここまでやって来たように見える女と出会い、今は偶然隣になった女性から浮気癖の旦那の愚痴が溢れている。
新婚旅行早々、偶然でも不穏な巡り合わせだ。
重苦しくなる空気に気付いた婦人は大袈裟にかぶりを振って笑顔を向けた。
「新婚の方に聞かせるお話じゃないわよね。今のは忘れてちょうだい。ごめんなさい」
「いえ……」
「草津は初めて?」
「初めてです。こちら方面には来たことがなかったので」
話題を変えたのは婦人なりの気遣いだろう。早河はほとんど話さず相槌程度で、主になぎさが婦人の話し相手になる。
話好きのようでこちらが聞かなくても自分からペラペラと話をしてくれた。
「私は草津はこれで五度目。私達も新婚旅行が草津だったの。新婚旅行はもう15年も前の話なんだけどね。お宿も15年前からいつも同じところ。彩《いろ》の葉《は》って旅館わかる? いつもあそこに泊まっているのよ」
これには早河もなぎさも驚いた。旅館 彩の葉は今日と明日に二人が宿泊する旅館だ。
婦人は二人の反応を見て目を丸くする。
「あら、あなた達も同じ旅館?」
「はい。彩の葉に泊まっています」
「そう。じゃあ旅館に帰ってからもどこかでお見掛けするかもしれないわね。その時はまたお話相手になってね」
先に足湯を上がった婦人がその場を去った。嵐が去った後みたいに二人は安堵する。
『話好きなオバチャンだったな……』
「ね。まさかの同じ旅館だって」
『……もう会わないことを祈る』
なぎさも早河に同感だった。あの婦人の何が嫌なわけでもない。話し相手も常識の範囲内の時間ならばいい。
けれどあの婦人にもう会いたくない理由にはそうではない何かがあった。
「バスターミナルで会った人もさっきの人も、観光地には変わった人がいるね」
『ある意味で観光地ってのはそれだけ多くの人間の人生が集まってくるのかもな。そろそろ出るか』
濡れた足をタオルで拭いて身支度を整え、二人も足湯から離れた。