早河シリーズ短編集【masquerade】
身体はぽかぽかと暖まったが、あの婦人の登場によって言葉にはできない気持ちが押し寄せてくる。
よくわからない不安の波になぎさは襲われた。
『大丈夫?』
早河が繋いだ手を握り返してくれる。それだけでなぎさの不安は和らいでいく。
「ちょっと話の相手して疲れちゃっただけ」
『宿に戻ったら夕食までに展望露天に入ってこい。俺も露天風呂入りたいし。部屋の風呂は夜にゆっくり楽しもう』
話ながら歩いているとあっという間に旅館に到着した。出迎えの仲居がなぎさの抱える射的の景品のぬいぐるみと花火を見て、普段はこんなに得点の高い景品を貰える人はいないと驚いていた。
白檀の間の扉を開けて畳の薫りのする部屋に入る。自宅でもないのに、ついつい「ただいま」と言ってしまうなぎさにつられて、早河も『ただいま』と口にしていた。
入浴セットを携えて再び部屋を出た。集合場所をロビーのソファースペースに決めて二人は男湯と女湯で別れる。
なぎさは女湯の展望露天に浸かって雪景色を赤く照らす夕焼けの草津を眺めた。露天風呂から眺める紅の雪は絶景だ。
ふと思い立って入浴中の女性達の顔をさりげなく見ていく。あの婦人は見掛けなかった。
偶然にも婦人とその夫と同じ宿だ。
彼女はまだひとりで外を出歩いているのか、もう宿に戻っているのか。どちらにしろ今後は遭遇したくなかった。
(感じの悪い人ではないのに、一緒にいたくないような……なんでかなぁ)
草津温泉は41度前後の高温だ。長湯は逆上《のぼ》せてしまう。なぎさは岩場に腰掛けてお湯に足だけを入れて足湯を楽しんだ後に露天風呂を出た。
脱衣場では湯上がりで顔を真っ赤にした少女が母親に子ども用の浴衣を着せてもらっている。
なぎさもいつか早河との間に子どもが産まれたら、娘と一緒に露天風呂に入る日が訪れるだろう。
(子どもはまだ先でもいいけど、次に赤ちゃんが出来たら今度こそ産んであげたい)
バスタオルで身体の水気を拭き取る時に下腹部に触れる。産むことの叶わなかった命への贖罪は永遠に続く。
早河と結婚して彼の子どもを産んだとしても、一生消えないなぎさの罪と後悔。
バスターミナルで会った女と足湯で会った婦人の顔が同時に浮かんだ。二人とも男に振り回されて苦労している女性に見えた。
(どこにでも奥さんがいるのに浮気する男がいるのね。浮気癖がわかっていても別れない奥さんもいて、奥さんがいても彼を諦めない女もいる)
不倫の愛に溺れていた昔の自分も男に振り回されていた女だった。早河はその頃のなぎさを知っている。
彼はそれでもなぎさを愛し、女として妻として受け入れてくれた。
(あの頃、仁くんに出会えなかったら私はもっとボロボロだったかもしれない……)
女湯を出てロビーに向かう。ロビーの一角の土産物コーナーで先に風呂から上がっていた早河が待っていた。
「お待たせ」
『おお。土産って誰に何買っていけばいいんだ?』
浴衣姿の彼は難しげな顔で土産物を物色している。なぎさは早河の隣に並んで温泉まんじゅうの箱を手に取った。
「矢野さんと真紀さんからは特に注文はなかったけど、上野さんには温泉まんじゅう、玲夏さんは美味しい和菓子、一ノ瀬さんも何か美味しい食べ物、有紗ちゃんは可愛い小物って言ってたよ」
『ほとんど食い物のリクエストだな』
「草津は美味しいものが多いからね」
早河の側を離れたなぎさは和雑貨の棚を覗く。
よくわからない不安の波になぎさは襲われた。
『大丈夫?』
早河が繋いだ手を握り返してくれる。それだけでなぎさの不安は和らいでいく。
「ちょっと話の相手して疲れちゃっただけ」
『宿に戻ったら夕食までに展望露天に入ってこい。俺も露天風呂入りたいし。部屋の風呂は夜にゆっくり楽しもう』
話ながら歩いているとあっという間に旅館に到着した。出迎えの仲居がなぎさの抱える射的の景品のぬいぐるみと花火を見て、普段はこんなに得点の高い景品を貰える人はいないと驚いていた。
白檀の間の扉を開けて畳の薫りのする部屋に入る。自宅でもないのに、ついつい「ただいま」と言ってしまうなぎさにつられて、早河も『ただいま』と口にしていた。
入浴セットを携えて再び部屋を出た。集合場所をロビーのソファースペースに決めて二人は男湯と女湯で別れる。
なぎさは女湯の展望露天に浸かって雪景色を赤く照らす夕焼けの草津を眺めた。露天風呂から眺める紅の雪は絶景だ。
ふと思い立って入浴中の女性達の顔をさりげなく見ていく。あの婦人は見掛けなかった。
偶然にも婦人とその夫と同じ宿だ。
彼女はまだひとりで外を出歩いているのか、もう宿に戻っているのか。どちらにしろ今後は遭遇したくなかった。
(感じの悪い人ではないのに、一緒にいたくないような……なんでかなぁ)
草津温泉は41度前後の高温だ。長湯は逆上《のぼ》せてしまう。なぎさは岩場に腰掛けてお湯に足だけを入れて足湯を楽しんだ後に露天風呂を出た。
脱衣場では湯上がりで顔を真っ赤にした少女が母親に子ども用の浴衣を着せてもらっている。
なぎさもいつか早河との間に子どもが産まれたら、娘と一緒に露天風呂に入る日が訪れるだろう。
(子どもはまだ先でもいいけど、次に赤ちゃんが出来たら今度こそ産んであげたい)
バスタオルで身体の水気を拭き取る時に下腹部に触れる。産むことの叶わなかった命への贖罪は永遠に続く。
早河と結婚して彼の子どもを産んだとしても、一生消えないなぎさの罪と後悔。
バスターミナルで会った女と足湯で会った婦人の顔が同時に浮かんだ。二人とも男に振り回されて苦労している女性に見えた。
(どこにでも奥さんがいるのに浮気する男がいるのね。浮気癖がわかっていても別れない奥さんもいて、奥さんがいても彼を諦めない女もいる)
不倫の愛に溺れていた昔の自分も男に振り回されていた女だった。早河はその頃のなぎさを知っている。
彼はそれでもなぎさを愛し、女として妻として受け入れてくれた。
(あの頃、仁くんに出会えなかったら私はもっとボロボロだったかもしれない……)
女湯を出てロビーに向かう。ロビーの一角の土産物コーナーで先に風呂から上がっていた早河が待っていた。
「お待たせ」
『おお。土産って誰に何買っていけばいいんだ?』
浴衣姿の彼は難しげな顔で土産物を物色している。なぎさは早河の隣に並んで温泉まんじゅうの箱を手に取った。
「矢野さんと真紀さんからは特に注文はなかったけど、上野さんには温泉まんじゅう、玲夏さんは美味しい和菓子、一ノ瀬さんも何か美味しい食べ物、有紗ちゃんは可愛い小物って言ってたよ」
『ほとんど食い物のリクエストだな』
「草津は美味しいものが多いからね」
早河の側を離れたなぎさは和雑貨の棚を覗く。