早河シリーズ短編集【masquerade】
 夕食後は二人で客室専用の露天風呂に浸かる。源泉掛け流しの湯船に浸りながら闇に舞う粉雪を眺めた。

なぎさは早河に後ろから抱き締められている。早河の逞しい腕と胸板に身体を預けて、彼女は頭上の雪に夢中になる。
時折、風に流れて迷い込んだ雪が水面に着地して瞬時に溶けた。

 アルコールで火照った身体は温泉で火照り、二人の愛でさらに火照る。露天風呂を出て水気を拭いた身体で早河となぎさは布団に倒れ込んだ。

「子ども……欲しい?」

 キスから顔を上げた早河になぎさは尋ねた。雄の目の色をしていた彼は少し困ったように笑って答える。

『欲しいよ。当たり前だろ』
「私も今度は産みたいの。けど無責任なことはしたくないし、自分がまだお母さんになれるかも自信ない」
『俺だって父親になれるか自信ないよ。最初から親になれる自信があるなんて言える人間いないだろ』

会話をしながら早河は行為を続ける。早河に愛されながら、なぎさは胸中をとつとつと語った。

「ほんとはね……あの人の子どもを中絶した時、悲しかったけどホッとしたんだ。まだ私はお母さんにならなくていいんだって思った。最低だよね。自分のことしか考えてなくて、お腹の子のことを全然考えてなかったの。中絶だって……人殺しと同じなのに。こんな最低な私がまた妊娠できるのかな……子どもを産む資格……私にあるのかな……」

なぎさの胸元で早河はなぎさの話を無言で聞いている。胸元で動く早河の髪を撫でる彼女は泣いていた。

『……男がどうして女の胸が好きか知ってる?』
「え?」

 今の話とは真逆の雰囲気の質問を早河にされて、なぎさは戸惑った。胸元にいる早河は寝そべるなぎさのなだらかな胸に触れて、その柔らかな肌にキスを落とす。

『男はいつまでもお母ちゃんの乳が恋しいからなんだよ』
「もう、なにそれぇ! 仁くんってそんなに変態だったの?」

泣き笑いするなぎさの両手を早河は押さえつけ、彼の顔がぐんとなぎさに近付いた。

『やっと笑った』
「……今の、わざと?」
『わざと。って言うか……なぎさにはちゃんと母性があると思うぞ。今だってきっと子どもに母乳あげる時はこんな風に子どもの頭撫でるのかもなって、思った』

 またなぎさの目元に涙が滲む。早河は目尻から流れる涙を舐めとって再び彼女にキスをした。角度を変えて何度も、なぎさの涙の味がするキスを繰り返した。

『中絶した人の気持ちは男の俺にはわからない。堕ろしてホッとしたって気持ちもそりゃそうだろうなって思うし、責められない。でも少なくとも、なぎさは中絶した子どもをひとつの命として理解していた。だから中絶した自分は人殺しだって思うんだろ? なぎさは命の重さを知ってる。今はそれで充分じゃないか?』

 止まないなぎさの涙がシーツを濡らす。綺麗な涙を流し続ける彼女の身体を早河は優しく抱いた。
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