早河シリーズ短編集【masquerade】
     ──過去編──

 矢野一輝が高校に進学した1997年5月。大型連休中に旅行に出掛けていた矢野の両親が高速道路での玉突き事故に巻き込まれる形で死亡した。

高校生にもなって今さら親と一緒の旅行に行きたくもなかった矢野は、親のいない連休をだらだらと好き勝手に過ごしていた。
まさか自分が昼過ぎまで寝ている間に両親の命が奪われていたとは知らずに。

 矢野の父親と母親は駆け落ち同然の結婚だった。母方の武田家は代々議員を輩出してきた家系、矢野の伯父の武田健造も当時すでに議員の職に就いていた。

一方の矢野家はごく普通の庶民の家系で矢野の父親も小規模な企業の会社員だった。武田家は結婚を認めなかったが、二人は周囲の反対を押し切り結婚。

翌年に息子の一輝が産まれた。

 武田家と矢野家のいざこざから両家は疎遠になり、矢野は議員である伯父の武田健造には一度も会ったことがなかった。

 矢野が初めて伯父と顔を合わせたのは両親の葬儀の時。武田は両親を亡くした矢野をこちらで引き取ると申し出た。

当初は矢野家の親戚達は反対したがどの家も親を亡くした高校生を養う余裕はなく、結局は経済的に不自由のない武田に矢野を預けることになった。

 こうして矢野一輝は武田健造の家に引き取られた。武田の家には彼の妻と一人娘の梨乃がいた。

矢野より二つ年上の従姉の梨乃は明るい性格をしていて、矢野を弟のように扱ってくれた。武田の妻は物静かな女性だったが、矢野のことを息子ができたみたいだと歓迎してくれた。

 在学中の高校にもそのまま通い続けることができ、これまで両親と暮らしていた狭い社宅に比べれば豪邸の武田家では不自由なことは何もなかった。

小遣いも今までの倍は貰えてバイトの必要もない。

 夏が間近になった頃には従姉の梨乃とも名前を呼び捨てで呼び合う仲になり、議員の伯父の家での居候生活も悪くはなかった。
しかし悪くはなくてもそれが至極とは言えない。

 時折、心に現れる虚無感、自分だけがこの世に残された孤独、もうそこにはいない人に向けて手を伸ばしてもその手は届かない。

嫌な夢を見て飛び起きてしまう夜もあった。
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