早河シリーズ短編集【masquerade】
 高校1年の夏休みを目前にした7月の日曜日。矢野は武田家の庭園に面したテラスに腰掛けていた。
手には使い古したライターと未開封の煙草の箱。ライターは事故死した父親の荷物の中にあった。未開封の煙草も父の部屋から見つけた物だ。

これを持っていると、少しでも父親を側に感じられる気がする。いつもは箱を眺めているだけだったが今日は家に誰もいない。

 試しに吸ってみたくなり、封を切って煙草を一本取り出した。父がやっていたことを見よう見まねに思い出しながら煙草を咥え、ライターで火をつける。

この時の矢野は16歳の誕生日前のまだ15歳。彼は初めて吸い込んだ煙草の煙の刺激に思わずむせた。

『なんだこれ……全然美味くねぇじゃん』

 肺に入り込んだ不純物を出しきる勢いで何度も咳き込んだ。新鮮な空気を必死で求めていた矢野は、その一部始終を見られていたことに気付かなかった。

『ガキが一人前に煙草吸おうとするからだろ』

 庭の小道に黒いタンクトップの男が立っていた。見た目は細身だが、タンクトップから出た二の腕や腰回りは筋肉質で鍛えている体つきをしている。
男は矢野よりもいくらか年上に見えた。

『あんた誰? 伯父さんの知り合い?』
『そんなところだ』

男は小道と庭を隔てる柵をまたいでこちらに歩いてくる。矢野の目の前まで来た彼は提げていたビニール袋からペットボトルの飲料水を出した。

『飲むか? 煙草よりは美味いはずだ』
『……いただきます』

 恐る恐るペットボトルを受け取って喉を潤す。当然だが煙草よりも美味しかった。
テラスに座る矢野の隣に腰掛けた男は煙草の箱とライターを手に取った。

『この煙草どこからくすねた?』
『親父の部屋にあったやつ』
『はぁ、なるほどなぁ。じゃあこのライターも親父さんのか』

それまで仏頂面だった男が柔らかな笑顔を見せた時、どこかで蝉が鳴き始めた。

『吸いますか?』
『せっかくだが遠慮しておく。俺も一応未成年だからな。それにチェックが厳しいんだ』
『チェックって? つーか、未成年なんですか?』
『おいおい、俺が未成年ってとこに驚くなよ。これでもまだ19だ』

 苦笑する男の落ち着きぶりは19歳には見えない。てっきり20歳は越えていると思っていた。
この得体の知れない男は何者だろう?
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