早河シリーズ短編集【masquerade】
シャンデリアや赤紫の絨毯、シャンパンの沫、カサブランカの花に似た真っ白な着物を着たサユリ、ハルナを筆頭として着飾った女達とのお喋りの時間……今まで目にしていた華やかな世界はすべて幻だったのではと思えてきた。
自分は男だが、例えば舞踏会帰りのシンデレラはこんな気持ちだったのかもしれない。車の座席に腰を降ろした途端に現実に引き戻される。
『なんか不思議な世界に迷い込んだみたいだったな……』
斜め向かいに早河がいても矢野は構わず独り言を呟いた。早河は暗がりの車内で頬杖をついて車窓を眺めている。
『お前さ、俺に言いたいことがあるならとっとと言えよ』
走り出した車内に響いた早河の声に、銀座で過ごした甘美な時間を回想していた矢野は肩を跳ね上げた。
すれ違う車のヘッドライトや街の灯りに照らされた早河の視線は真っ直ぐ矢野を見ている。
『言いたいことって……』
『あるんだろ? この間から俺の顔見てコソコソして。顔や態度に出てるんだよ』
心の何もかもを見透かされている気がする早河の眼差しに居心地が悪くなる。気まずくなった矢野は顔を伏せた。
『すいません。コソコソしてるつもりはなかったんですけど……その……』
話の切り出しが上手く行かない。だいたい梨乃と早河のことは部外者が口を挟む問題ではない。それでも人のことが気になってしまう自分はまだ子どもだ。
『梨乃が早河さんのことが好きって知っちゃってから、なんとなく早河さんと顔合わせずらいなって思って……』
『はー。そんなことだろうとは思った』
梨乃の名を出しても早河は表情を変えない。
矢野にとって梨乃は両親を亡くして行き場のなかった自分を受け入れてくれた大切な家族だ。梨乃の名前に動揺することもなく、まったく関心を見せない早河に腹が立った。
『早河さんは梨乃のことどう思っているんですか?』
『お前に関係ないだろ』
『関係は……ないです。ないですけど! 梨乃が泣くのは嫌なんですよ。あいつ早河さんのこと諦められないみたいだから……』
メルシーでは早河も席を訪れたホステス達と話をしていた。時には彼女達に笑顔も見せていた。
梨乃の前では見せない笑顔だ。
女は男をもてなし、男は女との時間を愉しむ。遊興の世界での正しいマナーだとしても、今夜の出来事を梨乃が知ればどう思う?
多くの女に囲まれて笑う早河の姿に梨乃はきっと傷付く。
『じゃあ俺が梨乃の好意を受け入れて梨乃と付き合えばそれで満足か?』
頬杖をついたまま早河は矢野から視線を外した。車窓を見つめる彼の目はどこか遠くを見据えている。
『それも違うと思います。早河さんが梨乃を好きにならないと意味がないし……』
『ああ。俺の気持ちは俺のものだ。とやかく言われる筋合いはない。俺が梨乃を恋愛対象として見ることはない。お前だって、好きだと言ってきた女全員とは付き合わないだろ?』
早河に問われて矢野は困惑した。確かに中学時代に告白された時、相手がイマイチ好みのタイプではなくて断った経験が矢野にもある。
誰だってそう。だから梨乃を受け入れない早河を責めるのもお門違いだ。
『従姉の恋愛を応援したいお前の気持ちもわかる。だが、どうにもならないことがあるんだよ。特に人の気持ちはな』
矢野を諭す早河の口調は優しかった。
早河の印象は飄々とした一匹狼。誰とも交わらない空気を醸し出す彼から、ふとした時に垣間見える優しさを矢野は以前から知っている。
初めて会った夏のあの日も早河は優しかった。
自分は男だが、例えば舞踏会帰りのシンデレラはこんな気持ちだったのかもしれない。車の座席に腰を降ろした途端に現実に引き戻される。
『なんか不思議な世界に迷い込んだみたいだったな……』
斜め向かいに早河がいても矢野は構わず独り言を呟いた。早河は暗がりの車内で頬杖をついて車窓を眺めている。
『お前さ、俺に言いたいことがあるならとっとと言えよ』
走り出した車内に響いた早河の声に、銀座で過ごした甘美な時間を回想していた矢野は肩を跳ね上げた。
すれ違う車のヘッドライトや街の灯りに照らされた早河の視線は真っ直ぐ矢野を見ている。
『言いたいことって……』
『あるんだろ? この間から俺の顔見てコソコソして。顔や態度に出てるんだよ』
心の何もかもを見透かされている気がする早河の眼差しに居心地が悪くなる。気まずくなった矢野は顔を伏せた。
『すいません。コソコソしてるつもりはなかったんですけど……その……』
話の切り出しが上手く行かない。だいたい梨乃と早河のことは部外者が口を挟む問題ではない。それでも人のことが気になってしまう自分はまだ子どもだ。
『梨乃が早河さんのことが好きって知っちゃってから、なんとなく早河さんと顔合わせずらいなって思って……』
『はー。そんなことだろうとは思った』
梨乃の名を出しても早河は表情を変えない。
矢野にとって梨乃は両親を亡くして行き場のなかった自分を受け入れてくれた大切な家族だ。梨乃の名前に動揺することもなく、まったく関心を見せない早河に腹が立った。
『早河さんは梨乃のことどう思っているんですか?』
『お前に関係ないだろ』
『関係は……ないです。ないですけど! 梨乃が泣くのは嫌なんですよ。あいつ早河さんのこと諦められないみたいだから……』
メルシーでは早河も席を訪れたホステス達と話をしていた。時には彼女達に笑顔も見せていた。
梨乃の前では見せない笑顔だ。
女は男をもてなし、男は女との時間を愉しむ。遊興の世界での正しいマナーだとしても、今夜の出来事を梨乃が知ればどう思う?
多くの女に囲まれて笑う早河の姿に梨乃はきっと傷付く。
『じゃあ俺が梨乃の好意を受け入れて梨乃と付き合えばそれで満足か?』
頬杖をついたまま早河は矢野から視線を外した。車窓を見つめる彼の目はどこか遠くを見据えている。
『それも違うと思います。早河さんが梨乃を好きにならないと意味がないし……』
『ああ。俺の気持ちは俺のものだ。とやかく言われる筋合いはない。俺が梨乃を恋愛対象として見ることはない。お前だって、好きだと言ってきた女全員とは付き合わないだろ?』
早河に問われて矢野は困惑した。確かに中学時代に告白された時、相手がイマイチ好みのタイプではなくて断った経験が矢野にもある。
誰だってそう。だから梨乃を受け入れない早河を責めるのもお門違いだ。
『従姉の恋愛を応援したいお前の気持ちもわかる。だが、どうにもならないことがあるんだよ。特に人の気持ちはな』
矢野を諭す早河の口調は優しかった。
早河の印象は飄々とした一匹狼。誰とも交わらない空気を醸し出す彼から、ふとした時に垣間見える優しさを矢野は以前から知っている。
初めて会った夏のあの日も早河は優しかった。