早河シリーズ短編集【masquerade】
 いつの間にか降り出した雨が道路を濡らし、雨粒が車に当たる。そう言えば夜遅くに雨になると予報が出ていた。

『お前は感情が顔や態度に出やすい。良く言えば素直だが、お前にとってそれは諸刃の剣になる』
『諸刃の剣?』

首を傾げた矢野を見て、早河は呆れの溜息の後にかすかに笑った。

『これからは少しは政治も勉強しておけ。せめて自分の伯父の立場くらいは理解しておくといい』
『伯父さんの立場……議員ってことですか?』
『そうだ。タケさんはあんな飲んだくれスケベ親父だけど仮にも政治家だからな。あんなのが議員だと俺も信じたくはねぇが、将来的にはあの人は国を動かす重要なポストに就くだろう』

 早河の口から飛び出す伯父の評価は散々な言われようだが、矢野も否定する気はなく苦笑いした。

『で、お前はその甥だ。今まではタケさんと交流がなくてそういった世界とも繋がりがなかっただけだ。だけど今日お前をメルシーに連れて行ったことも含めてこれから先、お前がタケさんに連れ回される機会は確実に増える。否応なく政財界と関わりを持つことになる』
『それって伯父さんが俺に政治家になれとか、跡を継いで欲しいって思ってるってこと……?』

 これまで狭い社宅で庶民的に慎ましく暮らしていた矢野には想像もつかない世界との関わりを示唆されて矢野は急に不安と恐怖に襲われた。
自覚したことはなかったが自分は議員の血縁、甥なのだ。

『タケさんがお前の今後をどこまで考えているかは知らないが、武田家の子どもは梨乃しかいない。いくら男女平等って言っても政治の世界はまだまだ男が強いからな。タケさんが梨乃を直接的な仕事に関わらせることはないだろう。だから跡を継がせるまではいかなくとも、お前には仕事を手伝わせる気はあるのかもな』
『うーん……伯父さんが俺を引き取ったのってその為だったり?』

高校生の甥をわざわざ引き取った武田の真意についてはどれだけ考えても答えの出ない難問だ。

『武田家との養子縁組の話は?』
『言われたことないです。大学まではうちで面倒見る、大学の学費も出してやる、伯父さんからはそう言われただけで……』
『それはタケさんの善意だな。もしタケさんが本当に跡を継がせる為だけにお前を引き取ったのだとすればとっくに養子縁組しているはずだ。お前を武田の人間にする方が都合が良いからな』

 甥の自分よりも早河の方が武田のことを理解している。自分は武田との関わりがまだ浅く、伯父の性格も職業の性質も把握しきれていない。

『ただ、周りはお前を武田健造の甥として見る。メルシーでもそうだっただろ? みんなお前のことは武田議員の甥として接していた。武田議員の甥だからもてなしてもらえる。普通はあんな高い店に未成年は入れない』

早河の言う通りだった。接客してくれたホステスの誰もが矢野を武田健造の甥として扱っていた。親しみやすいと感じたハルナでさえそうだ。
< 73 / 272 >

この作品をシェア

pagetop