早河シリーズ短編集【masquerade】
 制服姿の男女が笑顔で〈目指せ現役合格!〉の文字を背負ったポスターと、ポスターの横には〈入塾募集! 2週間無料体験コースあり! 詳しくは事務局へ〉の貼り紙がガラス張りの壁に貼ってあった。

矢野がビルの前で立ち尽くす間にも高校生くらいの何人かの男女がビルに入っていく。英明ゼミナールの生徒だ。
今日は祝日でも難関大学進学を目指す高校生に遊ぶ暇はない。矢野もまだ2年生の春ではあるが、そろそろ受験に備える時期だ。

(とりあえず資料だけでも貰っておくか)

 ガラス扉を押し開けてビルに足を踏み入れた。入ってすぐ正面の事務室で無料体験コースの申込書を貰って英明ゼミナールを後にする。

申込書だけでなく英明ゼミナールの各コース案内のパンフレットやオリジナルの問題集の冊子も無理やり渡され、英明ゼミナールのロゴの入る封筒はかなりの厚みがあった。

 分厚い封筒を脇に抱えて田町駅に戻る道のりを歩く。この付近で多発する集団暴行事件は本当に英明ゼミナールの生徒の仕業なのか?

 不思議な好奇心に今の自分は突き動かされている。
オヤジ狩りの犯人を捕まえたい正義感?
犯人と間違えられて補導されたことへの怒り?

どちらも違う。この気持ちは正義感や怒りではない。ただ真実を知りたいだけの知的好奇心だ。

(俺ってこんなに知りたがりだったかなー。どっちかと言えば物事に無関心な方だと思ってたのに)

 武田に引き取られてからの1年、これまで縁のなかった世界と関わるようになったことで矢野は知らない世界を知る高揚を知ってしまった。
未知の世界を覗き見る時の気持ちの昂り、知らない情報を自ら獲得することへの達成感。

今もそうだ。ネットの海を漁って情報を見つけ出し、自分の目で見て情報を確かめる。
誰にも秘密のひとり遊び。そこにあるスリルが楽しかった。
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