早河シリーズ短編集【masquerade】
4月30日(Thu)

 昼休みの屋上で高木涼馬は左手にサンドイッチを持ち、右手で矢野がもらってきた英明ゼミナールのパンフレットをめくった。

『英明ゼミナールかー。この予備校の生徒が犯人だってこと?』
『証拠はないけどその可能性が高いってこと』

矢野は家政婦手作りの彩りのいい和食弁当を完食後に、高木と同じく購買で買ったサンドイッチの封を切った。

『一輝すげぇな! 昨日だけで全部調べてきたのかよ。俺なんて昨日はずっと寝てたぜ』
『なんとなく気になってさ。で、ここ見て。2週間の無料体験コースがあるんだ。それやってみようと思って。潜入調査ってやつ』

 パンフレットを数ページめくって2週間無料体験コースの詳細ページとページに挟まる申込書を高木に見せる。

『予備校に潜り込んで奴らの尻尾掴んでやるんだな』
『そんなに上手くいくかはわからねぇが、予備校の授業受けておくのも受験のためにやって損でもないし』
『だよなー。無料体験コース……』

仰向けに寝そべる高木は青空にかざした申込書をじっと見つめた。

『決めた。俺もやる』

高木の言葉を聞いた矢野はニヤリと口元を上げてカバンの中からもう一枚紙を取り出した。

『お前がそう言うと思って申込用紙もう一枚貰っておいた』
『おいおーい。俺が一緒にやることも織り込みかよ』
『涼馬は昔からスパイもの好きだったから、この計画に乗ってくると思ってた』
『一輝には全部読まれてるってわけね。潜入は面白そうだし、ついでに文系の成績上がるなら一石二鳥ってものだ。えーっと……名前と住所と、あとは親のサインと……』

 矢野からもう一枚の申込書を受け取った高木は教科書を土台にしてさっそく体験コースの申込の記入を始めた。
矢野と高木の英明ゼミナールへの潜入調査はゴールデンウィーク明けに開始することで計画はまとまった。


        *

5月1日(Fri)

 武田健造が早河を連れて帰宅した今宵は久々に梨乃も揃っての晩餐だった。梨乃と早河は普通に会話をしていて二人の間にぎこちなさはない。
梨乃が今でも早河に特別な感情を抱いているのかは表面上ではわからなかった。

 夕食も済み、皆が自室に引き上げた頃に矢野は武田の部屋を訪問した。
部屋には武田と秘書の村瀬がいる。武田はリクライニングチェアーに腰掛けて煙草を咥えていた。

『話があるんだけど……』

武田は矢野を一瞥しただけで何も言わない。視線だけで続きを促され、矢野は話を進めた。

『俺が間違って補導された集団リンチ事件の犯人が気になって調べたら、英明ゼミナールって予備校の生徒かもしれないんだ』
『ほぉ。それで?』
『予備校に潜入して犯人を探ろうと思う』
『探ってどうする? 犯人を見つけて自分で捕まえたいのか?』

武田が旨そうに吸う煙草の煙が矢野の方に流れてきた。
< 82 / 272 >

この作品をシェア

pagetop