早河シリーズ短編集【masquerade】
 矢野が自室に戻るとすでに風呂を済ませた早河がソファーで寛いでいた。以前は客間に泊まっていた早河も、今年に入ってからは矢野の自室に宿泊するようになっていた。

矢野のベッドの傍らには早河用の敷き布団が畳まれた状態で用意されている。

『早河さん。話があるんですけど、いいですか?』

 読書中の早河に一声かけて、矢野は集団暴行事件の犯人と間違えられて補導されたこと、犯人が英明ゼミナールの生徒の疑いがあり英明ゼミナールに潜入する計画を話した。

『潜入のことタケさんの了承はもらったのか?』
『はい。保護者欄に名前書いてもらいました』

武田の名前が記入された体験コースの申込書を見せると早河は溜息をついて舌打ちした。

『タケさんもだいぶ面白がってるな。普通の伯父なら危ないことはするなと止めるだろ』
『伯父さんはああいう人なんで……。危険は承知しています。でもどうしてもやりたいんです』

 ベッドに腰掛ける矢野と向かいのソファーにいる早河の視線が交差した。矢野の真剣な目付きに早河も説得は諦めて相談に乗ることにした。

警察官を志す者としては、未成年が刑事の真似事をしようとしているこの事態を止めるべきだ。しかし早河が止めたとしても矢野は潜入を止める気はないだろう。
それならばなるべく彼の安全を保証できる道に導くことが早河の役割だ。

『ただ予備校に潜入するだけじゃ犯人は見つかりませんよね』
『そりゃそうだ。ある程度の収穫がなければ行って勉強して終わりだ』
『そうならない為にも押さえておくべきポイントや心得とかありませんか?』
『ポイントか……』

 早河は腕組みをして天井を仰ぐ。まだ警察学校での勉強段階で刑事としての実践を積んでいない自分がどれだけ矢野に指南できるか彼は考えていた。

『田町の集団暴行の噂は俺も聞いてる。暴行や恐喝が起きるようになったのは4月に入ってからだな』
『はい。最初に事件が起きた日は4月3日、次が4月7日』

 矢野は掲示板を閲覧して調べた事件発生日の日付をノートに書き出していた。そのページを早河に見せる。

『お前が調べたのか?』
『まぁ……。けっこうお喋り好きな人間がネットには溢れてるので簡単に調べられましたよ』
『ふーん。最初が4月3日、7日、10日……? 先月のカレンダーある?』
『えっと……どうぞ』

机の上の卓上カレンダーを早河に渡した。早河は1998年5月のページの前ページ、4月のページをめくった。
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