早河シリーズ短編集【masquerade】
 早河は素知らぬ顔でポテトチップスを食べていた。少しは梨乃にフォローをしてくれればいいのにと、矢野はふて腐れて早河を睨む。

『梨乃に完全に誤解された……』
『話に俺を巻き込むな。いかがわしいビデオ観るならひとりで観ろよ?』
『早河さんだってそういうビデオがあれば観たいくせにー。ああ、でも梨乃に誤解されるのは困るけど潜入の計画知られるのはもっと困るからまぁいっか。知れば梨乃は絶対怒るから』

気を取り直してポテトチップスを三枚一気に掴んで口に入れ、風呂の支度を始めた。

 今夜の風呂の順番では梨乃は早河の後に風呂に入ったことになる。好きな男の入った後の風呂に入るのは、年頃の女にしてみればどんな気分なのだろう。

……いやいや、決していかがわしいことを考えているわけではないが。

『早河さんも梨乃には潜入調査のこと内緒にしてくださいね。あいつには予備校の体験コースに行くだけって言うつもりなので』
『言わねぇよ。余計な心配させたくないしな』

早河は彼なりに梨乃を思いやっている。それが恋愛感情ではないことが梨乃には残酷な現実だ。

『そういえば早河さんは今って彼女いるんですか?』
『忙しくて彼女作ってる暇もない』

 話はもう終わりだとでも言うように早河は読書の世界に戻っていく。
早河が開いている文庫本は題名からして推理小説のようだ。これが純愛を謳った恋愛小説ならば仰天ものだ。

早河と純愛の恋愛小説はこの世で最も似合わないイメージがある。

 クールぶっているこの男も恋人の前では優しく笑ったり、時にはヤキモチを妬いたりするのだろうか?

性欲も人並みにはありそうだ。でも女を抱くことばかり考えている男でもないと思う。
早河がそんな男なら梨乃はとっくに性処理の対象にされているはずだ。

 早河と知り合って今年の夏で1年になるが、今でもどうにも掴めない男だった。

(だけど早河さんと話してると楽しいんだよなー。涼馬や他の奴らとはまた違って……兄ちゃんみたいな?)

 5月5日は両親の命日。あの日にすべてを失ったと思った自分が1年後の今はこうして新しい出会いの下で、平穏な日常を生きていた。
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