早河シリーズ短編集【masquerade】
5月12日(Tue)

 事件発生曜日の火曜日になった。放課後に英明ゼミナールの体験コースに通う矢野と高木は、今日こそ犯人グループの情報を獲ると意気込んで授業に臨む。

平日の授業時間は18時から21時の3時間。自主勉強で居残りをする生徒も終電に間に合う23時までには帰宅する規則になっている。

 事件発生時刻はどの事件も21時半前後。授業終了時間の21時から犯行時間までは30分空いてる。
空白の30分は、予備校の周りや最寄りの田町駅から帰宅する予備校の生徒の姿がなくなる時間帯だ。

 二つ目の授業も終わり、授業と授業の間の15分休憩に矢野はコンビニで買ったコロッケパンと唐揚げを食していた。
生徒達が参考書を広げて自主勉強している時に自分は呑気に腹ごしらえをしている。

所詮はこんなものだ。予備校は肌に合わない。高木も今頃は一緒にコンビニで買ったおにぎりを頬張っているだろう。

(まだ5分あるしトイレ行っておこう)

 教室から一番近いトイレの前に来た時、トイレから出てきた男子生徒とすれ違った。男子生徒は矢野と同じ西堀高校の制服を着ている。

西堀高校の制服は都内では珍しいキャメル色のジャケットにズボンはグレー。男子生徒は生真面目にきっちり上までエンジ色のネクタイを締めていた。

 彼は矢野の顔も見ずに廊下を小走りに去った。幸いにも矢野は特徴的なキャメルのジャケットは脱いで椅子の背にかけてあり、エンジのネクタイも締めていない。

ありふれたシャツとズボンの制服姿だ。矢野が西堀高校の生徒だとわかるはずない。

 見たことのない顔だった。西堀高校は生徒数が多く、同じ学年だとしてもクラスが一緒にならなければ名前も顔も知らないまま、卒業で別れる生徒が大勢いる。

しかしこれで英明ゼミナールに西堀高校の生徒がいることは確定した。この収穫は大きい。
矢野が目撃した犯人グループと思われる集団には西堀高校の制服を着た人間がいた。もしかしたらあの男子生徒かもしれない。

(さっきの奴、見た目は気弱そうだけど人は見かけによらないからなぁ)

 トイレを済ませて教室に戻ると授業開始30秒前だった。慌てて問題集を開き、素知らぬ顔で授業を受ける。

今日の最後の授業は政治経済だった。今では特技となってしまった過去の歴代首相の名前をすらすらと答案用紙に書き込みながら、矢野の脳内にはこの後の行動シミュレーションが回っている。

(授業が終わったら涼馬と玄関前で見張り、西堀の制服がいる七人組を見つけて後をつける)

 政治の担当講師は矢野の政治問題の回答の速さに驚いていた。まさか伯父が現職の議員とは言えない。

申込書の保護者の欄には武田健造の名前があるが、英明ゼミナールの職員には同姓同名の別人と思われているだろう。
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