早河シリーズ短編集【masquerade】
 集団暴行事件の現場を押さえた翌日水曜日の午前8時。場所は西堀高校本館二階の生徒指導室。
開けた窓から流れ込む爽やかな春風がカーテンを揺らしていた。

『いきなり全学年の学級写真見せろって言われてもなぁ。目的は?』

2年生の学年主任であり生徒指導部統括の寺田教諭は強面の顔で紫煙を吐いた。

『だからちょっとした調べものだって。頼むよ先生ー。先生しか頼める人いないんだ。今日中に返すから』

 書類が山積みになった寺田のデスクの横に立つ矢野は、両手を擦り合わせて頭を下げた。寺田は煙草を灰皿の中で揉み消して立ち上がる。

『わかった。お前がそこまで言うなら何かあるんだろうな。ちょっと待ってろ』

寺田の口元のヘの字は微かに形を崩している。彼はスチールの戸棚を開けて三冊のファイルを取り出した。

『学級写真って4月にクラス全員で撮ったアレだろ?』
『そうそう。全学年全クラス分。捜してる奴がいるんだ』
『またなんでそんな……。うちの学校の生徒何百人いると思ってんだ? お前の捜してる生徒の名前は?』

 寺田の骨太の指がファイルから抜き取った写真を机に並べる。4月に体育館でクラスごとに撮影した学級写真だ。

『ツルって呼ばれてることしかわからないんだ。それが名前かアダ名かは不明』

 昨夜の事件の犯人達は結局七人全員が捕まることはなかった。捕まえられたのは逃げ遅れた二人のみ。
その二人がパトカーに乗せられる場面を見届けて矢野と高木は帰宅した。

捕まった二人の高校生がその後どうなったかは知らない。しかし集団暴行事件の犯人グループが英明ゼミナールの塾生であると警察が掴むのも時間の問題だろう。

後は警察に任せればいい、そう思っても矢野はすぐにはこの事件を忘れられなかった。
まだ気になることがある。

 高木が聞き込みをしたコンビニの店員から興味深い証言が獲られた。犯人グループは火曜金曜になると必ず英明ゼミナール近くのあのコンビニに現れ、店内や駐車場でだらだらと時間を潰して帰っていくそうだ。

予備校の帰りに彼らがあのコンビニに寄ってターゲットを定めていると考えた矢野の推測は当たっていた。

 高木が話を聞いた大学生の男性店員は火曜と金曜は同じ時間帯の勤務で、犯人グループの会計を担当する機会が多かった。店員は店で大声を出したり駐車場を占拠する迷惑行為を繰り返す彼らをよく覚えていた。

犯人グループの七人は4月から頻繁にコンビニを訪れるようになった。店内で彼らの様子を垣間見ていた店員の印象では、着ている制服がバラバラなこの七人は仲間や友達の雰囲気ではなく、ひとりのリーダーと六人の手下に見えたと言う。

 六人はあるひとりの人間の機嫌を損ねないよう常に“彼”の様子に気を配り、“彼”のご機嫌とりをしていた。

グループの絶対的支配者こそ、矢野が英明ゼミナールのトイレですれ違った矢野と同じ西堀高校の男子生徒である。店員が高木が着ている西堀高校の制服を差して、同じ制服と証言したのだから間違いない。
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