早河シリーズ短編集【masquerade】
 放課後、矢野はいつも乗る路線とは別の路線の電車に乗った。行き先は伯父の武田健造の議員事務所。

傾き始めた太陽の光が差し込む列車内で、これから自分がとるべき行動、選択する道について思考を巡らせる。

武田の事務所は何度か訪れたことがある。昼休みに村瀬を通じて訪問の連絡は入れたが、多忙を極める武田と今日会えるかはわからない。

 事務所の受付はもはや顔パスだ。制服姿の高校生が議員事務所を顔パスで通る光景は異様だろう。事務の女性の案内で執務室に通された。室内には誰もいない。

大きなソファーに座って運んできてもらったアイスコーヒーを飲みながらしばらく待っていると扉が開いた。
武田が忙しなく部屋に入ってくる。後ろから村瀬も続いて入った。

『所要時間は15分だ。それ以上はとれない』

 対面のソファーに腰掛けた武田に矢野は連日の潜入調査の報告と昨夜の出来事、犯人グループのリーダーが同じ学校の生徒で鶴岡製薬の息子であると話した。

『鶴岡製薬か。ははぁん。なるほど』

武田が側に立つ村瀬に目配せしている。武田の様子は息子ではなく、父親の会社の鶴岡製薬に興味を持っているようだった。
話の途中で事務員が武田のアイスコーヒーを運んでくる。

『それで私にどうしろと?』
『鶴岡はこれまでも父親の力を使って自分をいじめた奴に仕返ししてるみたいだ。犯人グループの連中も鶴岡の機嫌とってるようだったって証言もある。事件が表沙汰にならないのも、鶴岡が父親の権力使っているのかもしれない』
『だろうな。大企業の社長なら息子の不祥事は隠蔽したいものだろう。企業はイメージが第一だ』

 武田はストローを使わずにグラスを持ち上げてアイスコーヒーを飲み干した。矢野に残された時間はあと5分。

『お前はその生徒をどうしたい? 証拠の写真を突き付けて罪を償えと説教でもするつもりか?』
『どうしたいって言うか……どうすればいいのかわかんねぇんだよ。だから伯父さんに相談してるんだ。証拠の写真を鶴岡に見せたって親父の権力で揉み消されて、あいつが罪に問われることはないじゃん?』
『それにまだ未成年だ。警察に引き渡したとしてもどこまで罪状が問えるかわからんぞ。ただ……』

コーヒーで濡れた下唇を舐め、武田はテーブルに出されたデジカメを村瀬に渡す。
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