早河シリーズ完結編【魔術師】
『どんなお前でも受け止める。だから誰も憎むな』

 これは愛情? 同情? それとも別の何か?
一度は愛情で結ばれた二人だ。もう一度、違う形で。もう一度、やり直そう。

「もっと早く……12年前にその言葉を聞きたかった……」

恵子は拳銃にロックをかけて上野に渡した。真紀が恵子の両手に手錠を嵌める。

 12年前に上野が恵子の苦しみに気付いていれば、恵子が上野に兄の死の真相を打ち明けていれば、過ぎてしまったことを悔やんでも仕方ない。
それでも人は悔やむ生き物だ。悔やんで悔やんで、後ろに引き返して、やっと前に進める。

「病院からいなくなった木村美月の行方に心当たりは?」

 真紀が尋ねる。病院のランドリーから美月は忽然と消えた。実家や自宅に帰った様子はなく、拉致の疑いが強い。

「知らない。その件に私は関わっていないもの。でも貴嶋の所に連れて行かれたのね」
「貴嶋の居場所については……」
「それも知らない。本当よ。貴嶋とは電話のやりとりのみだったから」

上野が差す傘が真紀と恵子を雪から隠した。吐いた息は白くなり、凍えた空気に跡形もなく散る。

 上野と佐藤は真紀に連行されていく恵子を見送ると向き合った。12年振りの再会だ。

『これまで、どこでどうしていた?』
『日本を離れて中国に。佐藤ではない別の名義であちらで過ごしていました』
『別の名義というのは三浦英司か?』
『いいえ。ですが三浦も俺の偽名のひとつですよ』

 上野は溜息混じりに苦笑する。12年前に逮捕直前で取り逃がし、死亡したと思っていた男は海を越えた隣の大陸で別人として生きていた。

しかも9年前には三浦英司としてすぐ側に現れていたのに、気付けなかった自分に呆れる。

『お前には色々と聞きたいことがあるが、今はまだその時じゃない。早く行け』
『いいんですか? 逮捕するなら今ですよ』

佐藤に抵抗の様子は見受けられない。本当に今この場で逮捕されても構わないと言った素振りだった。

 佐藤と協力して恵子を誘き寄せる算段を早河から聞いた時、上野は恵子が事件に関わっていることに驚愕する一方で佐藤逮捕のチャンスだと思った。だが、上野はかぶりを振る。

『ここで逮捕はしない。阿部警視監からもお前の逮捕は待つよう言われている。子ども達と美月ちゃんを助け出すにはお前の協力が必要だ。この事件が解決した後、俺はお前を逮捕する』

すれ違い様に佐藤の肩に置いた上野の手に力がこもる。佐藤は上野の決意を受け止めて頷いた。
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