早河シリーズ完結編【魔術師】
 警視庁に連行された篠山恵子の事情聴取が始まった。現職の警察幹部が貴嶋と通じて事件に関与していた事実に、警視庁内には動揺が広がっている。

 恵子の供述によれば、木村隼人殺人未遂で佐藤が犯人であると匂わせる目撃証言の偽証をした警備員の浜田は、貴嶋の部下が金で雇っていた。

部下の名前はバティンと言う。バティンもソロモン72柱の悪魔のひとりだ。

 佐藤瞬を殺人事件の被疑者として手配したのには佐藤を誘き寄せる目的があった。彼を逮捕すると見せかけて抵抗を見せた佐藤をやむを得ず射殺……これが恵子の描いたシナリオだった。
そうして佐藤を葬るつもりだったようだ。

 恵子の最大の誤算は木村隼人が生きていたこと。共犯のバティンには隼人を確実に仕留めるよう指示を出していたのに、バティンは隼人を殺し損ねてしまった。

隼人は惜しくも生きていたが、隼人が意識を取り戻す前に佐藤を始末できればいいと恵子は考えた。しかしそれも、隼人が予想外に早く意識を取り戻したことでシナリオは完全に狂った。

 木村隼人の存在が計画にここまでの狂いをもたらすとは思わなかったと語った恵子の自嘲した笑いが、真紀は忘れられなかった。

 恵子の事情聴取を一時離脱した真紀は廊下に出て溜息をつく。

 恵子と貴嶋、その手下との連絡手段はトークアプリだった。アプリを通して会話を交わすだけで、アプリの向こうの人間がどこの誰なのかは恵子は知らないと言った。

トークアプリに恵子はべリアルの名で登録し、他の仲間達もソロモン72柱の悪魔の名前で登録していた。

 顔も本名も知らない者同士がSNSや交流アプリで簡単に繋がれる。人間関係の交流を育む目的で作られた産物は、時として自殺志願者を募り、犯罪計画を共有する者達の交流の場となる。

 昔で言えば手紙で近況を伝え合う文通、その後にインターネットのチャットや掲示板、電子メール、近年はSNSに交流アプリ。
時代が進むにつれて人と人との繋がりが手軽になることを便利だと思う時もあれば、怖いと思う時もある。

 文通という古き良き文化も、今考えると住所と本名を知られているのだから少し怖く思う。転校や遠くに引っ越した同級生や友人ならまだしも、雑誌の文通コーナーやネットの掲示板、文通団体を通じて文通相手《ペンフレンド》を見つけていたりもしていた。

 真紀にも中学生時代に文通していた相手がいた。広島に住むひとつ年上の女の子で、名前はヤヨイ。
真紀の中学の同級生のユキコがヤヨイと文通友達で、ユキコの紹介で真紀もヤヨイと文通を始めた。

ヤヨイとの手紙のやりとりは最初の頃は楽しかった。趣味の話や互いに学校の友達には話せない秘密の話を共有する時間は、特別なものだった。

 しかしヤヨイとの文通も真紀の引っ越しを機に途絶えた。
ヤヨイに引っ越し先の新しい住所を教えて手紙を送るのが、どうしても億劫になってしまったのだ。今でも文通が面倒だと感じた理由はわからない。

おそらく、文面から伝わる真実の中に少しだけ混ざるヤヨイの嘘に気付いてしまったから。ヤヨイが嘘をつくのは大抵、恋の話が多かった。
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