早河シリーズ完結編【魔術師】
 9年前に貴嶋に囚われた時、彼は一度もキスをしてこなかった。貴嶋と初めてキスをしたのは、三度目に彼と再会した18歳の夏。
そこから10年が過ぎて二度目に交わした貴嶋とのキスは、悲哀を纏っていた。

 唾液の糸を引いてふたつの唇が離れた。荒い呼吸を繰り返す美月と貴嶋の吐息が甘く交ざった。

『嫌がってくれないと私も困ってしまうよ。この手はなんだい?』

 美月の右手は貴嶋の左手と繋がれ、彼女の左手は貴嶋の背中に触れていた。貴嶋は美月と繋いでいる方の手をわずかに持ち上げた。

「……キングが繋いできたんでしょ」
『いや、最初に手を繋いできたのは君だ。白状しなさい』

 貴嶋に優しく見下ろされる。繋いだ手から伝わる体温はあたたかい。
本当は、ずっとこの男に会いたかったのかもしれない。

貴嶋と初めて出会った17歳の夏から彼に魅了されていた。キングの肩書きがある彼じゃなく、貴嶋佑聖と言う男に美月は惹かれている。

 “キング”じゃない。
 “貴嶋佑聖”に会いたかった。

「私は……あなたを愛せないよ……」
『うん。愛さなくていい』

 またキスの雨が降り注ぐ。キスの最中も貴嶋は美月の髪を撫で続け、美月は彼の背中にしがみついた。

 美月の首筋に貴嶋は顔を埋めた。彼は美月の首筋や鎖骨に唇を擦りつけ、滑らかな肌を舌先でなぞる。くすぐったいのにエロティックな感触に酔わされた。

だが、貴嶋の唇はそれ以上は降りなかった。キスマークもつけない。触れるだけの寸止めを愉しんでいるのも貴嶋らしい。
その先の行為を二人は望まない。身体の繋がりは美月と貴嶋には不要だった。

 これは恋、ではない。
 でも恋、と似ている。

 ならばこれは愛、なの?
 愛、に似ているものかもしれない。

 愛さなくていいから一緒にいろ……貴嶋の最後のワガママの意味はまだわからない。
けれど少しだけ、美月はこの男を理解できた気がした。

最も理解したくなかった男の内面を、彼女は理解してしまった。
愛してはいない。でも心に宿る今の感情は限りなく愛に近いものだと、彼女は知ってしまった。

 ──“大丈夫だよ。私が側にいるから。だから……そんな哀しい顔をしないで……”──


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