早河シリーズ完結編【魔術師】
1月26日(Fri)午前10時

 早河となぎさは神奈川県警鎌倉警察署を訪れた。脱獄犯の貴嶋が関わっている事件でもあり、二人は刑事課に通された。

『警察庁の阿部警視監からも捜査協力の要請が来ています。こちらとしてもあの貴嶋の逮捕がかかっていますから全面的に協力する所存です』

 刑事課の相馬《そうま》警部が現在の捜査状況を教えてくれた。貴嶋の隠れ家の木犀館は相馬の部下が鎌倉市内を聞き込みに回っていると言う。
情報が入り次第、連絡を入れてもらうよう頼んで早河達は鎌倉署を後にした。

 昨夜降り続けた雪は止んでいる。空は薄曇り。道路脇には除雪した雪が白い壁を作っていた。

「この街のどこかに真愛がいるのかな……」

なぎさは助手席の車窓に目をやる。古都の街並みを見物する心のゆとりも今はない。

 早河が運転する車は鎌倉の中心部を外れて西に進路を向けた。西に走り続けるとナビに鎌倉文学館の表示が出る。
鎌倉文学館付近のコインパーキングに車を駐車して、二人は徒歩で移動を始めた。

 駐車場から歩いて3分ほどの場所に目的の喫茶店を見つけた。カフェではなく喫茶店と呼ぶに相応しい、昔ながらの佇まいの扉を押し開ける。

店内にまばらに散った客の中でひときわ大柄な男が片手を挙げていた。二人は男がいるテーブルに向かう。
四人用の四角いテーブルを早河となぎさと男が囲った。

『大西。久しぶりだな』
『俺がこっち異動になる前に会ったきりだから、3年振りくらいか。なぎさちゃんも久しぶり』
「ご無沙汰しています」

 男の名前は大西将吾。神奈川県警察本部捜査第一課の刑事だ。大西の前には可愛らしく装飾されたケーキが二つ並んでいる。

『相変わらず甘党だな。顔に似合わないもの食いやがって』
『糖分は頭の栄養』

柔道選手と言われても不思議ではない大柄な体躯の大西は人差し指で自分の頭を指差した。

『筋肉バカのお前は頭なんかろくに使ってないくせに』
『おお? 言ってくれるねぇ。これでも本部捜査一課のエースだぞ』
『本物のエースは自分をエースだなんて言わねぇよ』

 早河と大西は警察学校時代の同期で友人として20年近くの付き合いがある。3年前に東京の所轄から横浜に所在する神奈川県警本部に異動した大西にも、真愛達の誘拐事件の捜査協力を依頼した。

大西は早河の頼みを二つ返事で引き受けてくれた。

『いくつかそれらしい場所を当たったがどれもハズレだった』
『そうか』
『ただな、ここからさらに西に行った場所に鎌倉山って山里がある。桜が有名だけど、金木犀がないこともない。そこの近隣住民からこの数日間、見慣れない黒人を何度か目撃したって証言があった。お前が言ってた貴嶋の手下のアメリカ人……』
『アーサーレイノルズ』
『そうそう。そいつかはわからんが、横浜や横須賀ならまだしも、鎌倉の山で外国人は目立つだろ。山を降りたとこにあるスーパーで買い出しもしてたらしいから、観光客でもなさそうだ。怪しくない?』

 大西はゴツゴツとした男らしい手に握ったフォークでケーキを切り分けて口に運ぶ。早河のコーヒーとなぎさのカプチーノが飴色のテーブルに置かれた。
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