早河シリーズ完結編【魔術師】
吹き抜けの回廊に面した螺旋階段はホテルのロビーに続いている。階段の手前で美月が身動いだ。
「自分で歩けるから……下ろして」
佐藤は美月の両足をそっと地面に下ろす。ブーツのヒールが着地の瞬間に音を鳴らした。
「……怖かった」
バルバトスに殺されかけ、佐藤と男達の銃撃戦に居合わせた。張り詰めて限界に達した美月の精神の糸が、佐藤の胸に飛び込んだ途端に切れた。
『ごめんな。もっと早く助けに来ていればこんなことには……』
「そうじゃない。そうじゃないの……」
溢れる涙を拭うのも忘れて彼女は佐藤の胸元に顔を埋める。
「隠れてる間、ずっと佐藤さんが撃たれて死んじゃったらどうしようって考えてて……でも怖かったのはそれだけじゃなくて……」
しゃくりあげながら美月は必死に言葉を紡いだ。28歳の大人の女性、二児の母親になっても、泣きじゃくる彼女は幼い子どものようだ。
「銃を使う佐藤さんを見たくなかった。佐藤さんなのに佐藤さんじゃないみたいで、知らない人みたいで怖かった。私のためだってわかってる。でも……」
『うん。俺もできれば美月の前で銃を使いたくなかった』
あの場でバルバトスとアモンを殺さなかったのは、美月に死体を見せたくなかったから。急所を狙えばすぐに片がついたのに、佐藤はあえて彼らの急所を外して発砲した。
美月にだけは、犯罪者の顔を見せたくなかった。
「もう誰も撃たないで……。誰も傷付けないで……。あなたが罪を犯す姿を見たくないの」
愛する女に泣きながら懇願されれば従うしかない。泣き止まない彼女の額にキスをした。
『誓うよ。銃は使わない。誰も傷付けない』
「本当?」
『本当。それにすべて終わった。銃を使うことも、もうない』
涙目で見つめる美月の前で嘘はつけない。彼女は再び佐藤に抱きついた。
『子ども達も無事だ。早河探偵が助け出してくれた』
「よかった。斗真は今……」
『怪我はないらしいが、鎌倉の病院で検査を受けてる。早河探偵の奥さんが付き添ってくれてるよ』
二人は手を繋いで螺旋階段を降りる。ロビーの大理石の床に降り立った美月が歩みを止めた。
「さっきすべて終わったって言ってたけど、本当に終わったのかな……。夕食の後からキングの姿が見えないの。あんなに銃声がしていたのにキングが部屋に来ることもなかった」
『キングはどこに行くと言っていた?』
「何も……。なんにも言ってくれなかった」
うつむく美月の頭に佐藤は手を置く。ポンポンと優しく彼女の頭を撫でた佐藤は、スマートフォンを取り出した。
「何してるの?」
『GPS情報を追ってる』
「GPSってキングの?」
佐藤は画面に現れたものを美月に見せる。画面の約半分が海の表示の地図上の一ヶ所に、赤いピンマークがついていた。
ホテルを出て、美月を乗せた佐藤の車は国道134号線を直進する。1分もしないうちに片瀬東浜海水浴場に到着した。
暗がりの海景色の中に貴嶋佑聖の姿があった。彼は潮風に吹かれて海辺と歩道を繋ぐ階段の段差の上に座っている。
『やぁ美月。お迎えが来たんだね』
美月と佐藤が現れても貴嶋は驚かず、にこやかに二人を迎えた。
「自分で歩けるから……下ろして」
佐藤は美月の両足をそっと地面に下ろす。ブーツのヒールが着地の瞬間に音を鳴らした。
「……怖かった」
バルバトスに殺されかけ、佐藤と男達の銃撃戦に居合わせた。張り詰めて限界に達した美月の精神の糸が、佐藤の胸に飛び込んだ途端に切れた。
『ごめんな。もっと早く助けに来ていればこんなことには……』
「そうじゃない。そうじゃないの……」
溢れる涙を拭うのも忘れて彼女は佐藤の胸元に顔を埋める。
「隠れてる間、ずっと佐藤さんが撃たれて死んじゃったらどうしようって考えてて……でも怖かったのはそれだけじゃなくて……」
しゃくりあげながら美月は必死に言葉を紡いだ。28歳の大人の女性、二児の母親になっても、泣きじゃくる彼女は幼い子どものようだ。
「銃を使う佐藤さんを見たくなかった。佐藤さんなのに佐藤さんじゃないみたいで、知らない人みたいで怖かった。私のためだってわかってる。でも……」
『うん。俺もできれば美月の前で銃を使いたくなかった』
あの場でバルバトスとアモンを殺さなかったのは、美月に死体を見せたくなかったから。急所を狙えばすぐに片がついたのに、佐藤はあえて彼らの急所を外して発砲した。
美月にだけは、犯罪者の顔を見せたくなかった。
「もう誰も撃たないで……。誰も傷付けないで……。あなたが罪を犯す姿を見たくないの」
愛する女に泣きながら懇願されれば従うしかない。泣き止まない彼女の額にキスをした。
『誓うよ。銃は使わない。誰も傷付けない』
「本当?」
『本当。それにすべて終わった。銃を使うことも、もうない』
涙目で見つめる美月の前で嘘はつけない。彼女は再び佐藤に抱きついた。
『子ども達も無事だ。早河探偵が助け出してくれた』
「よかった。斗真は今……」
『怪我はないらしいが、鎌倉の病院で検査を受けてる。早河探偵の奥さんが付き添ってくれてるよ』
二人は手を繋いで螺旋階段を降りる。ロビーの大理石の床に降り立った美月が歩みを止めた。
「さっきすべて終わったって言ってたけど、本当に終わったのかな……。夕食の後からキングの姿が見えないの。あんなに銃声がしていたのにキングが部屋に来ることもなかった」
『キングはどこに行くと言っていた?』
「何も……。なんにも言ってくれなかった」
うつむく美月の頭に佐藤は手を置く。ポンポンと優しく彼女の頭を撫でた佐藤は、スマートフォンを取り出した。
「何してるの?」
『GPS情報を追ってる』
「GPSってキングの?」
佐藤は画面に現れたものを美月に見せる。画面の約半分が海の表示の地図上の一ヶ所に、赤いピンマークがついていた。
ホテルを出て、美月を乗せた佐藤の車は国道134号線を直進する。1分もしないうちに片瀬東浜海水浴場に到着した。
暗がりの海景色の中に貴嶋佑聖の姿があった。彼は潮風に吹かれて海辺と歩道を繋ぐ階段の段差の上に座っている。
『やぁ美月。お迎えが来たんだね』
美月と佐藤が現れても貴嶋は驚かず、にこやかに二人を迎えた。