早河シリーズ完結編【魔術師】
 佐藤に左腕を撃たれたアモンは歯を食い縛ってもう一発弾を撃つ。アモンの二発目を受け身をとってかわし、その弾は背後から佐藤を刺そうとしたバルバトスの右肩に命中した。

奇声をあげるバルバトスの手からナイフを払い落とし、さらにはアモンの太ももめがけて弾を撃ち込んだ。

 血に染まる床にバルバトスとアモンが倒れる。銃撃戦が止んだ室内には荒い息遣いしか聞こえない。

まったく呼吸が乱れていないのは佐藤ひとりだけ。バルバトスとアモンの戦闘不能を確認した佐藤は、セイフティをロックした銃を懐に戻した。

『美月、出て来ていいよ。おいで』

 佐藤がバスルームの扉を数回叩く。鍵が開いて美月が恐る恐る顔を覗かせた。

血溜まりの床に男達が転がる有り様はまさに戦場だった。美月はバルバトスとアモンを見ないようにして佐藤に抱きついた。

「佐藤さん怪我は……」
『平気だ。美月も怪我はない?』

 佐藤は抱きつく美月の身体を軽々持ち上げる。彼女の全身に視線を巡らせる彼は、悲しげに眉を下げていた。
美月は佐藤の首もとに両腕を回して、彼にきつくしがみついた。

「私も平気。佐藤さんが守ってくれたから……」

 美月を抱えて部屋を出る佐藤にアモンが侮蔑《ぶべつ》の眼差しを送る。彼は苦々しく呟いた。

『裏切り者……』

佐藤に太ももを撃たれたアモンは息苦しそうに喘いだ。部屋を出る寸前に佐藤はアモンを見下ろす。

『お前達はキングの側にいて、あの人の何を見てきた? 彼女を危険に晒すことをキングは望まない。お前達がやっていることこそ、キングへの裏切り行為だろう』

 バルバトスとアモン、双方に冷たく言い捨てて、佐藤は美月と共に部屋を出た。彼は美月を抱き抱えて廊下を進む。
二人の耳に銃声が二発届いた。銃声は今まで美月達がいた部屋の方向から聞こえた。

『……自決したか』
「自決って、あの人達は自分で……?」
『銃声は二回した。一方が相手を撃った後に自分を撃ったんだろう』

バルバトスとアモンは死を選んだ。銃を所持していたアモンが先にバルバトスを撃ち、最後に自分を撃ったと考えられる。

 死の選択が貴嶋への懺悔を意味するのか、別の意味合いを持つのかは彼らにしかわからない。
〈親愛なる貴嶋佑聖にこの身を捧げます。キングの復活を我は望む〉──おそらくそういうことなのだろう。

 自殺する人間も最期の瞬間には自分がどうしてこんなことをしているのかわからずに、黄泉の国の入り口に手を伸ばしてしまうのか。

佐藤は婚約者を自殺で失った。彼女は強姦された記憶を背負いながら生きられなかったのだ。そんなものを背負って生きられない人間が大半かもしれない。

生きていても生き地獄だ。

 生き地獄があるのなら、死して経験する地獄はあるのだろうか。
死者に地獄は存在しない?
死んで楽になれた人がいるのなら聞かせて欲しい。

死んで楽になれましたか? ……と。
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