早河シリーズ完結編【魔術師】
「何が言いたいの?」

 香奈の睨みの形相にも真紀は怯まない。香奈が真紀をオバサン呼びするのなら、真紀にとって香奈は、たかが16年しか生きていない世間知らずの子どもだ。

彼女は微笑して香奈のスマホを机に置いた。

「人と話をする時は相手の目を見て話しなさいとご両親や先生に教えてもらわなかった? そんなにスマホが大事?」

 スマホを見ながら真紀の話を聞いていた香奈達を注意しなかった担任教師や教頭は、わざとらしく真紀から目をそらした。

子どもに注意できる大人が減っている。悪いことは悪いと、子どもを諭せる大人が今の時代には少ない。

「私のパパ、教育委員会の偉い人なの。パパに言って警察にクレームいれてやる!」
「どうぞ。でもその時は、お嬢様は人の話を聞く時にもスマホを手離せない子なんですねと、教育委員会の偉いお立場のお父様に話してあげるね」

 真紀の反撃を受けて香奈は真っ赤な顔で口を尖らせた。何も言えなくなった香奈は舌打ちして椅子にふんぞり返る。
歩美と瑞樹は無言でスマホを制服のポケットに戻してうつむいた。

「あなた達に伝えたいことがあります。確かに、絢さんの死は自殺です。あなた達が絢さんを殺したとは思っていないよ。でもね、あなた達は今のこの時間も、明日もその先も人生を歩める。だけど絢さんはあなた達と同じ日々はもう歩けない。絢さんの人生は16年で止まってしまったの」

瑞樹の鼻をすする音、歩美は涙目の目元を押さえている。二人は絢の死を初めて理解したようだ。

「ひとりの人間の命が失われる。それはSNSのアカウントを指一本で削除することとは違う。SNSは新しくアカウントを作れるけれど、人間は一度死んだら終わりなの。二度と生きているその人には会えない。絢さんはもう存在しない。それだけはわかっていて欲しいな」

 歩美と瑞樹は声をあげて泣き出した。「絢ごめんね、ごめんなさい」と繰り返して二人は泣いている。

香奈だけは泣きわめく歩美と瑞樹を馬鹿にした表情でふて腐れて、偉そうに頬杖をついていた。

 真紀のスマホが着信する。彼女はその場を芳賀に任せて廊下に出た。
電話相手は夫の矢野一輝。

{自殺した子達にダイレクトメッセージを送ってきたシトリーは今回もアカウントを消してどろんしてやがる}
「やっぱり。いつもの手口よね」

捜査本部は稲垣絢のツイッター〈あや@自殺垢〉と古川満里奈〈まりにゃん〉のツイッター上の会話に着目した。
< 16 / 244 >

この作品をシェア

pagetop