早河シリーズ完結編【魔術師】
 肌と肌のぬくもりを直に感じる。乳輪をなぞっていた佐藤の舌が美月の胸の突起を転がし、厭《いや》らしい音を立ててしゃぶって舐めて、また転がされた。二人が動くたびに擦れるシーツの音と熱い吐息の音が交ざり合う。

 佐藤の舌先はウエストラインから下腹部を這って、恥骨まで侵略する。またしてもじゅわりと漏れる蜜の感覚が美月を淫らにさせた。

 むわっとした雌の匂いが濃く薫る部分に佐藤の顔が沈む。
二人の子どもがこの世に現れた場所が、今は女の臭気を放って淫猥《いんわい》に男を誘っていた。エクスタシーの象徴と子どもが誕生する場所が同じだなんて生命は不思議だ。

バスルームで散々犯された後でも美月のソコはとろみを帯びて濡れていく。茂みの奥から現れた女の実を佐藤は上唇と下唇で挟んだ。

「……っ、ぁあ……んっ……!」

唾液と愛液が交ざる佐藤の口の中に赤く熟した実が含まれて、実を吸われた美月は恍惚《こうこつ》にまみれて甘く喘いだ。

 蜜が溢れるソコには、本当は舌でも指でもない違うものが欲しい。佐藤自身が欲しい。
入ってきて欲しい。ひとつになりたい。

けれどそれ以上の行為は望めず、あと一歩の越えられない境界線がもどかしくて、焦れったくて、だけどこれでいい。

 プラトニックとオーガズムの狭間でぐらぐら、ぐらぐら、揺れている。
決定的な交わりがなければいいの?
これはプラトニックなの?

決定的な交わりをしなくても、大事な人を傷付けていることに変わりはない。

 こんな時でも浮かんでしまう隼人と子ども達の顔。どこまでも彼女は妻であり、母親だった。
笑ってまた彼らのもとに戻れるだろうか。戻っていいのだろうか。戻れる資格があるのだろうか。

 側にいたい人と今すぐ会いたい人は別の人。
あの人の側に居たいのに、あの人に会いに行きたくて、
あの人を愛しているのに、あの人が恋しい。

こんなことを考えている彼女はずるい女?
ずるい女になりたがっている女?

 何もかもいらないと放り出せたら楽になれる。だけど何もかも放り出せない。
大切なものしか人生にはないから、この手の中にあるものは全部手離せない。

 もうすぐ午前零時の魔法が解ける。硝子の靴も綺麗なドレスも、かぼちゃの馬車も幻想の海に流されて沈んでしまう。

夢も未来も永遠もない。あるのは愛だけの逃避行。
今は、今だけはまだ、このままで……。

 テーブルに置かれたエメラルドグリーンの液体が入る香水瓶。
12年前と同じ、永遠と絶望のお揃いの香りが二人の身体を包んでいた。
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