早河シリーズ完結編【魔術師】
 町で一番の進学校を卒業した千秋は東京の私立大学に進学した。千秋に無関心な両親は、東京の大学への進学に賛成も反対もしない。

ただ金銭的な面での不自由はなかった。子どもには金さえ出しておけばいいと考える親だったと、千秋は淡々と語った。

千秋が進学した大学は木村隼人と渡辺亮の母校の啓徳《けいとく》大学。彼女が工学部1年生の時に渡辺は工学部の大学院生だった。
隼人と渡辺に千秋との面識や接点はない。

 さらに捜査本部の刑事達を驚愕させる事実が浮上する。土屋千秋は大学時代、あの珈琲専門店Edenでアルバイトをしていた。

Edenは9年前まで四ッ谷駅前に店舗を構えていた人気のカフェだ。
Edenのマスターの田村は犯罪組織カオスのスコーピオン。彼は9年前に自ら命を絶った。

 Edenに勤務していた当時を千秋は振り返る。

「香道なぎさとはEdenで何度も会ったことがあります。あの人は店の常連だったので。私はあの頃とは髪型も変えていますし、向こうもただの店員の顔も名前も覚えてはいないでしょうね」
『その頃からお前はカオスに入っていたのか?』

上野が尋ねると千秋はかぶりを振った。

「当時はマスターの田村さんの正体も知りませんでした。従業員もマスターも普通にいい人でした。Edenが閉店した理由もマスターが病気だからと聞かされていましたし、カオスの存在もキングが逮捕されてからニュースで知ったんです」
『それから貴嶋とカオスに興味を持ったんだな?』
「……はい」

 取り調べに応じる千秋の口調はダンタリオンの男口調ではなく普段の口調に戻っている。ダンタリオンの仮面を着けている時のみ、彼女は男性として振る舞い、男として生きていた。
千秋が憧れた宝塚の男役が千秋の理想とする姿だったのだ。

「私はキングに憧れました。まるでモリアーティみたいな、知性、権力、財力、カリスマ性の備わる犯罪界の帝王。ネットに散乱するカオスやキングの情報を漁るうちに、私は沢山の同士を見つけました。それがバルバトス達です。バルバトス達もキングに憧れていた。……いえ、崇拝していた。キングは世の中の片隅で生きている私達の心の拠り所だった」

 大学で情報通信学を学んでいた千秋には、人並み以上のITの知識とスキルがあった。彼女は〈貴嶋佑聖を慕う者達へ〉と題した貴嶋のファンサイトを開設。サイトに集う同士達と貴嶋への想いを日々語り合った。

「私が刑事になったのはキングに会うためです。警察に入ればキングの情報が手に入る、いつかキングにお会いできる日が来ると信じていました」

 啓徳大学卒業後に警察学校に入校。警察官になるための教育と訓練を経て、彼女は刑事になった。
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