早河シリーズ完結編【魔術師】
 沈黙の最中に松田は隼人と初めて会った日を回顧した。

『俺と隼人くんが初めて会った時は、亮くんが場をセッティングしてくれたよな』
「そうだったね。先輩が卒業しちゃって、私が3年になった年だと思う。ゴールデンウィークに亮くんが皆で飲もうって言って、麻衣子さんや比奈も呼んで……」
『その集まりに俺も呼ばれて、隼人くんと引き合わされた』

 隼人と松田が対面を果たした8年前の飲み会のメンバーは美月と隼人、隼人の幼なじみの麻衣子、隼人の幼なじみ兼、松田の従兄の渡辺亮、美月の親友の比奈、そして松田の六人だ。

「やっぱり最初は隼人も先輩も挨拶程度だったよね」
『今思えば、ぎこちなかったな。従兄の幼なじみと言われても俺からすれば隼人くんは好きだった子の彼氏、隼人くんも最初は俺のこと睨んでたよ。いつ拳が飛んで来るかヒヤヒヤしてた』

 あの時の飲み会には一触即発の空気が流れていた。たった一夜でも、美月の心を揺さぶった松田と美月の恋人の隼人が対面したのだから当然だ。

「でも飲み会の途中くらいから隼人と先輩が少しずつ話してて、びっくりしたの覚えてる。話すきっかけって何だったの?」
『きっかけ……ああ、思い出した。俺、あの頃は新入社員だったから、仕事行くのが毎日嫌でさ。新入社員は楽じゃねぇなぁって溜息ばっかりついてた。五月病ってやつだよ』

美月と松田は8年前の昔話に夢中になっていた。車内のぎこちなさは次第に薄れ、二人はいつもの調子を取り戻していく。

「あの頃の先輩、全然そんな風に見えなかった……」
『ははっ。美月の前でそんなカッコ悪いとこ見せないよ。で、隼人くんの方から仕事どうだ? って話しかけてくれて、社会人も楽じゃないっすねって感じのやりとりが続いて、その時の上司へのモヤモヤとかを隼人くんに聞いてもらってたんだ。二人とも酒入ってたから、シラフの時よりくだけられたって言うか……』

 自然と松田は、隼人に当時抱えていた鬱憤とした気持ちを吐露していた。隼人は聞き役に徹していたが、ふいに返される隼人からの指摘や社会人の先輩としてのアドバイスは的確だった。

『この人には勝てないって思った。俺がどれだけ足掻いても無理だって確信したよ』

 隼人と話をしたことでずっと心に引っ掛かっていたものが取れたような、晴れやかな気分になれた。それは仕事のことだけではない。

どうしてあのタイミングで渡辺が松田と隼人を引き合わせたのか、その理由もわかった気がした。

 8年前の対面以降は松田と隼人は個人的に付き合いを始め、友情を築いた。美月や渡辺を抜きにして仕事帰りに二人で飲んだ日もしばしばあった。

『あの時、俺は本当に隼人くんに負けた。絶対に勝てない相手だと思い知ったから、美月を諦められたんだ』

 松田の車が交差点を曲がる。行き先は事前に二人で決めていた。美月と松田の思い出のあの場所へ。

車は品川方面に向かっていた。
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