早河シリーズ完結編【魔術師】
 落ち込んでいても息子と娘が側にいてくれる。美月に面差しのよく似た美夢が隼人に笑いかけていた。

『しかしヒロが隼人にここまでなつくとは俺も驚きだった。お前って昔から、女だけじゃなく男にもモテるよな。年上からも年下からも慕われるっつうか……。そうそう。この前、うちの教授の講演会で愁を見かけた』
『愁?』
『ほら、いたじゃん。俺らが高校三年の時、生徒会室の隣の空き教室によく昼寝しに来てた一年の木崎愁《きざき しゅう》 (※)』
『ああ……いつも一人で本読んでた奴か』

 高校時代のことなんてもう15年は前になる。同級生や教師の顔も曖昧になるが、それでも印象深かった人間は記憶の片隅に残るものだ。

『無口な奴だったけど隼人と悠真《ゆうま》とはよく話してたよな。愁は夏木グループの会長秘書やってるらしい。夏木グループが研究の資金援助するとかで、講演会に会長と一緒に来てた』
『あの誰ともつるまない愁が大企業の会長秘書ねぇ。似合わねぇな』

 付けっぱなしのテレビからは昼のニュースが流れている。渋谷区で若い女の死体が発見されたと滑舌のいいアナウンサーが伝えていた。

 ニュースの途中で隼人はチャンネルを切り替える。殺人事件が起きるのは、ミステリー小説の世界だけで充分だ。

チャンネルを切り替えた先では赤坂のグルメ特集が放送されている。青空に映える赤坂Bizタワーが画面いっぱいに映っていた。

 昨年11月に赤坂にオープンしたイタリアンレストランが紹介される。
店名はmughetto《ムゲット》。イタリア語で鈴蘭《すずらん》を意味するようだ。感じのいいオーナー夫人がインタビューに答えている。

『結婚記念日もうすぐだろ。今年はどうするんだ?』
『俺の身体がこんなんだからな。夜に食事行くくらいしかできねぇかも。この店は赤坂か……』

 今月の24日は結婚記念日だ。毎年、結婚記念日には子ども達を両親に預けて美月と二人でデートをする日と決めている。
隼人はテレビ画面の下部に表示されている〈mughetto〉のインスタグラムアカウントを検索してフォローした。

(※木崎愁は早河シリーズの後継作品【Midnight Edenシリーズ】の主人公)
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