早河シリーズ完結編【魔術師】
「パパがかっこいいのは嬉しいけど、でもちょっとやだ。パパは世界一かっこいいけど、パパをかっこいいって言っていいのは、真愛とママだけ! パパは真愛とママのだから、さたけ先生にもみんなにもあげないっ!」

 握りこぶしを高く上げて真愛が車内で叫んだ。真愛の演説を聞いていた早河は笑いを堪えきれず吹き出した。

「もぉ! パパ、ちゃんと聞いてるのぉ?」
『聞いてるよ。大丈夫。パパは真愛とママのだし、真愛とママと匠がいれば、パパは何もいらないよ』
「うわき、しちゃダメだよ?」

早河は笑って片手を真愛の頭に乗せた。ポンポンと真愛の柔らかな髪を撫でる。

『しないしない。パパの好きな人はずっとママだけだよ』

 小二の娘に何を言っているんだろうと恥ずかしくなるが、恥ずかしくなることを言ったかいはあるもので、膨れっ面だった真愛の顔に笑顔が宿った。

 真愛の“おんなのかん”を鵜呑みにするわけではないが、もしそれが事実なら小学生の真愛でもわかるほど、佐竹明美の早河への好意が一目瞭然と言うことになる。

明美は今は真愛の担任ではないにしろ、彼女が東中野小学校に勤務する間は学校行事で顔を合わせる機会もある。来年度以降の真愛のクラス担任に再び就く可能性もある。

(俺や真愛の勘違いであればいいんだけどな……)

 大人顔負けのおませな発言をしていても、真愛はまだまだ母親が恋しい子ども。産婦人科でなぎさに甘える真愛を見て、洗濯物のいちごのパンツを見つけた時と同じ安心感を感じた。

 この産婦人科では12歳未満は新生児室には入れない。真愛は新生児室のガラス窓を覗いて、弟の様子を眺めた。

『見えるか?』
「んー……ちょっとしか見えない」

爪先立ちをして一生懸命背伸びをする真愛を早河は抱き上げた。目線が高くなり、新生児室の中にいる赤ん坊がよく見える。

『ほら、ここにいるのが匠』
「たくちゃーん! おねぇちゃんですよぉ」

 ガラスの向こうにいる匠に小声で囁く真愛は、“お姉ちゃん”になったのがよほど嬉しいようだ。

「ママとたくちゃん、いつお家に帰ってくる?」
『水曜日には退院するけど、ママと匠はしばらく、おじいちゃんとおばあちゃんの家で暮らすんだ』
「えー。みんな一緒じゃないの?」
『ママも身体が疲れているからね。あっちのお家で身体を休めて、元気になったら匠と一緒に帰ってくるよ』

 男には到底知ることのできない出産の重みと身体への負担。産後の女性の身体は静養が必要だ。
人の親となっても、実家の親の手を借りなければならない時もある。

『真愛もこれから病院だ。頑張ってくるってママと約束しただろ?』
「うん。たくちゃんバイバイ。おねぇちゃんも病院行ってくるね」

 名残惜しく新生児室を離れて二人は産婦人科を後にする。今日はまだ帰路にはつかない。
次の行き先も病院ではあるが内科や歯医者ではなく、ある種の特殊な病院だ。
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