早河シリーズ完結編【魔術師】
 視線を下に落としがちな明美と保健室までの道のりを歩く。

『前の眼鏡はどうされたんですか?』
「昨日落として壊してしまったんです。これは予備の眼鏡なんですけど、久しぶりにかけると見辛くて大変です」

コンタクトにはしないのか……と言いかけて野暮な質問なので止めた。明美が眼鏡を変えようとコンタクトに変えようと、早河には関係のない問題だ。

「真愛ちゃん、何か言っていました?」
『うさぎが腹を切られて死んだとだけ』

 一階の廊下の奥に保健室がある。明美がノックをして扉を開けると、数人の生徒が保健室で時間を過ごしていた。
女子の比率が高いが男子もいる。椅子に座って読書をしたり、ベッドに寝そべっている生徒もいた。

「事件にショックを受けてここで休んでいる子達です。動けない子は保護者に連絡をして、迎えに来てもらうように手配をしていたところなんです。……羽田《はだ》先生、真愛ちゃんの様子は?」

 明美が保健医に尋ねる。保健医は早河と明美をカーテンが引かれたベッドに案内した。
カーテンの仕切りの向こうで真愛が寝ていた。
保健医の話では、真愛の症状は軽度の呼吸困難と目眩。PTSDの発作の症状だ。

 目を開けた真愛は早河の姿を見つけて跳ね起きた。真愛の身体が早河の両腕に包まれる。

「パパ!」
『大丈夫か?』
「うん。ちょっと苦しくなったけど、平気。寝てたらよくなってきたよ」

 真愛以外にもうさぎの死にショックを受ける生徒が多数出たこと、早退者も多いことから今日は1年生から6年生まで全学年が昼食後に一斉下校することが決まった。

早河は真愛もこのまま早退させようかと考えたが、真愛は次の図工の時間は授業に出ると言っている。
自習中の真愛のクラスも次の時間からは授業を再開するようだ。

 今は二限目が始まったところ。真愛が早退しないのなら学校付近で時間を潰して下校の時に迎えに来よう、そう判断した早河の服の裾を真愛が引っ張った。

「パパ、お願いがあるの。うさぎさんを死なせた犯人、捕まえて」

真愛の泣き腫らして赤い瞳は真剣だった。

「パパ、“たんていさん”でしょ? ママも有紗おねぇちゃんも、パパは“世界一強いたんていさん”だって言ってた。たんていさんは“いらい”されて悪い人を捕まえるお仕事するんだよね? だから真愛がパパに“いらい”するっ! うさぎさんを死なせた犯人を捕まえて!」

 側で話を聞いていた明美や保健医は真愛の唐突なお願いに驚いていた。もちろん早河自身も驚いた。

“世界一強い”はなぎさと有紗の誇張。過大評価もいいとこだ。
現代の日本では悪人を捕まえるのは刑事の仕事であって探偵の仕事ではない。しかし早河が探偵としてやってきた数々の仕事は紛れもなく、“悪い人を捕まえる”ことだった。
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