早河シリーズ完結編【魔術師】
 飼育小屋の側には木々が並び、ちょっとした森ができていた。森の中には小さな噴水とベンチ、ハンモックや木製のブランコがある。
子ども達がここで遊んでいる姿が目に浮かぶ。

『うさぎ殺しの件に首突っ込ませてもらうぞ。娘からうさぎを殺した犯人を捕まえてくれと依頼されたんだ』
『ははぁ。ここはパパの腕の見せ所ですね。俺としては早河さんに関わっていただくのは構いませんよ。まぁ上にはコレ、で』

 黒田は人差し指を口元に当てた。民間人の早河の介入は中野警察署の上司には内密に、当然のことだ。

昔は頼りない後輩だった黒田も今では一人前の捜査責任者。思いがけずうさぎ殺しに関わらなければならなくなったが、現場の責任者が黒田で助かった。

『小屋周りのゲソ痕と指紋の採取は終わっています。足跡や指紋は一部を除いてほとんど先生と生徒のものばかりでしたが……使ってください』

 黒田から捜査用の白い手袋を渡される。久しぶりに嵌める手袋の質感に刑事時代を懐古した。

『死んだのは何匹?』
『五匹です。小屋の中で三匹、小屋の外のここに二匹、腹を切られた状態で横たわっていました。生き残りのうさぎは予備の小屋に移されています』

 早河は空っぽのうさぎ小屋の扉を開けて中に入った。動物の匂いに混ざって血と残酷な罪の臭いを感じる。

床には鑑識が印をつけたチョークの跡がある。本来ならふわふわとした可愛いうさぎが住まうこの場所に無惨に飛び散る血の跡。

『動物殺しなら器物損壊、それと動物愛護法にも引っ掛かるな』
『そうですね。学校からも被害届が出ています。……あ、ほら。そこに血の足跡があります』

小屋の入り口に立つ黒田が早河の足元を指差した。チョークで囲われた円の内側には、スニーカーの靴裏と思われる赤い足跡がついている。

『うさぎの血を踏んだ足跡だな。サイズは?』
『23㎝、幅やサイズから見て女物のスニーカーです』
『女物か……。うさぎの死亡推定時刻ってわかるか?』
『発見者の話では発見時の今朝7時頃には床に流れていた血も完全に乾いていたそうです。犯行が朝方ではないことは確かですね』

 うさぎの死体の第一発見者の用務員と明美が現場に入った朝7時には、うさぎの血は乾いていた。この靴跡は血が乾く前につけられたもの。
23㎝の血の足跡の持ち主が犯人だ。

『この丸印は? ここにも事件に関する何かがあったのか?』

 早河は血の足跡のすぐ隣を指差した。そこにも同じく鑑識がつけたチョークの丸印があるが、小さな円の中には何もない。

『ああ……そこにはガラスの破片がありました。そこと小屋の扉の隙間、あとは小屋の前に生えてる雑草の間からも細かなガラス片が見つかりました。少し大きめの破片には血が付着していたので鑑定に回しています。眼鏡の破片のようですよ』

現場に残された眼鏡の破片、破片に付着した血液、23㎝の女物の血の靴跡……それだけで早河には事件の全貌がぼんやりとだが掴めた。
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