早河シリーズ完結編【魔術師】
隼人はスマホを握り締めて立ち尽くす。肩を落とす彼は大きな溜息をついた。
本来ならば佐藤が現れた2年前にこうするべきだった。犯罪者の生存を知りながらも警察に隠していた。
どんな叱責の言葉も刑罰も受ける気でいたが、上野から隼人と美月を責める言葉は一言もなかった。
己の役目を終えた安堵と隠していた秘密を明かした罪悪感にも似た感情が入り交じり、例えようのない後味の悪さが心に残る。
(どうして美月なんだ……)
佐藤にも貴嶋にもぶつけたい隼人の正直な想い。佐藤はまだ納得できる。
何故、犯罪界の帝王が美月に興味を持つのか誰もが疑問に思っていた。
これで良かったのか……。これが最善の策だと何度言い聞かせても、家に帰った時に待つ美月の悲しい顔を想像すると隼人の口からまた溜息が漏れた。
疲れた顔でうつむく隼人を廊下の曲がり角から坂下菜々子が見ている。
隼人が席を外した後に会議の議論は熱を増し、意見が真っ二つに分かれて両者は譲らない。この場を収められるのはリーダーの隼人だけとなり、副主任に命じられて菜々子が隼人を捜しに行かされた。
廊下に立つ隼人を見つけた時、彼は誰かと電話中だった。声を圧し殺して深刻な顔で電話をしている隼人は、とてもじゃないが話しかけられる雰囲気ではない。
菜々子はしばらく曲がり角に留まって隼人の様子を窺っていた。立ち聞きするつもりはなくても、漏れ聞こえてくる隼人の言葉の端々にいくつか聞きなれない単語があった。
(佐藤って誰? カオスって何? キングって何? ……脱獄?)
隼人が見つからなかった場合に、これで電話をかけようと持参していた自分のスマートフォンの検索画面に〈カオス、キング、脱獄〉と打ち込んで検索マークをタップした。
検索結果がスマホにずらりと表示された。ほとんどがニュース記事だ。
ニュースの題名には〈犯罪組織カオスのキング脱獄〉〈ICPO国際指名手配〉……菜々子の想像をはるかに越える不穏な見出しばかりだった。
(そういえば何年か前にこんな名前の犯罪組織が捕まったってニュースでやってた気がする。主任が言っていたのってこのことと関係あるの?)
隼人は通話中に何度も妻の名を口にしていた。電話相手は妻の美月ではなさそうだが、美月に関係する深刻な内容だと隼人の口調から察する。
(主任に何があったんだろう)
通話を終えても隼人はその場を動かずに溜息を繰り返して塞ぎ込んでいる。自信に満ち溢れた普段の隼人とは別人だ。
肩を落としていた隼人がこちらに足を向けた。菜々子は慌てて曲がり角を飛び出して隼人の前に出る。
「あ、あのっ……主任!」
『……坂下さん。どうした?』
菜々子の出現に隼人は表情を緩めた。彼女はたった今ここに到着した風を装って、身ぶり手振りで状況を説明する。
「皆さんの意見が割れてしまって主任がいないとまとまらなくて……それで私が主任を捜しに……」
『ああ、ありがとう。ごめんね。仕事にやる気があるのは結構なんだけど、うちの奴らは人一倍我が強いのが多くて困るよ』
軽く笑って彼は菜々子の横を通り過ぎた。菜々子も隼人を追いかけて経営戦略部のフロアに戻る。
(当然なんだけど私の知らない木村主任がいるんだよね。奥様のことも……)
頭にはまだ先ほどの隼人の言葉が回っていた。カオス、キング、脱獄、これらが意味するものとは?
会議を続けていても皆の前で見せる隼人の表情が、菜々子にだけはひきつっているように見えた。
本来ならば佐藤が現れた2年前にこうするべきだった。犯罪者の生存を知りながらも警察に隠していた。
どんな叱責の言葉も刑罰も受ける気でいたが、上野から隼人と美月を責める言葉は一言もなかった。
己の役目を終えた安堵と隠していた秘密を明かした罪悪感にも似た感情が入り交じり、例えようのない後味の悪さが心に残る。
(どうして美月なんだ……)
佐藤にも貴嶋にもぶつけたい隼人の正直な想い。佐藤はまだ納得できる。
何故、犯罪界の帝王が美月に興味を持つのか誰もが疑問に思っていた。
これで良かったのか……。これが最善の策だと何度言い聞かせても、家に帰った時に待つ美月の悲しい顔を想像すると隼人の口からまた溜息が漏れた。
疲れた顔でうつむく隼人を廊下の曲がり角から坂下菜々子が見ている。
隼人が席を外した後に会議の議論は熱を増し、意見が真っ二つに分かれて両者は譲らない。この場を収められるのはリーダーの隼人だけとなり、副主任に命じられて菜々子が隼人を捜しに行かされた。
廊下に立つ隼人を見つけた時、彼は誰かと電話中だった。声を圧し殺して深刻な顔で電話をしている隼人は、とてもじゃないが話しかけられる雰囲気ではない。
菜々子はしばらく曲がり角に留まって隼人の様子を窺っていた。立ち聞きするつもりはなくても、漏れ聞こえてくる隼人の言葉の端々にいくつか聞きなれない単語があった。
(佐藤って誰? カオスって何? キングって何? ……脱獄?)
隼人が見つからなかった場合に、これで電話をかけようと持参していた自分のスマートフォンの検索画面に〈カオス、キング、脱獄〉と打ち込んで検索マークをタップした。
検索結果がスマホにずらりと表示された。ほとんどがニュース記事だ。
ニュースの題名には〈犯罪組織カオスのキング脱獄〉〈ICPO国際指名手配〉……菜々子の想像をはるかに越える不穏な見出しばかりだった。
(そういえば何年か前にこんな名前の犯罪組織が捕まったってニュースでやってた気がする。主任が言っていたのってこのことと関係あるの?)
隼人は通話中に何度も妻の名を口にしていた。電話相手は妻の美月ではなさそうだが、美月に関係する深刻な内容だと隼人の口調から察する。
(主任に何があったんだろう)
通話を終えても隼人はその場を動かずに溜息を繰り返して塞ぎ込んでいる。自信に満ち溢れた普段の隼人とは別人だ。
肩を落としていた隼人がこちらに足を向けた。菜々子は慌てて曲がり角を飛び出して隼人の前に出る。
「あ、あのっ……主任!」
『……坂下さん。どうした?』
菜々子の出現に隼人は表情を緩めた。彼女はたった今ここに到着した風を装って、身ぶり手振りで状況を説明する。
「皆さんの意見が割れてしまって主任がいないとまとまらなくて……それで私が主任を捜しに……」
『ああ、ありがとう。ごめんね。仕事にやる気があるのは結構なんだけど、うちの奴らは人一倍我が強いのが多くて困るよ』
軽く笑って彼は菜々子の横を通り過ぎた。菜々子も隼人を追いかけて経営戦略部のフロアに戻る。
(当然なんだけど私の知らない木村主任がいるんだよね。奥様のことも……)
頭にはまだ先ほどの隼人の言葉が回っていた。カオス、キング、脱獄、これらが意味するものとは?
会議を続けていても皆の前で見せる隼人の表情が、菜々子にだけはひきつっているように見えた。