早河シリーズ完結編【魔術師】
鈴木比奈は目黒駅の改札を抜けて外に出た。親友の木村美月の自宅はここから徒歩数分の場所にある。
キャビンアテンダントの職に就く比奈は仕事先で訪れたイギリスの土産袋を提げていた。
イギリスと言えば美月が好きな名探偵シャーロックホームズ。
今日はホームズ関連のイギリス土産を美月に渡して、ついでに美月と美夢を連れてランチに出掛ける予定だ。
(約束の時間より早く着きすぎちゃうな。美月に連絡しておこう)
道の片隅で立ち止まり、スマートフォンを取り出してチャットアプリから美月にメッセージを送った。冷たい風が頬に当たって彼女は身を竦める。
再び歩き出した比奈は黒いロングコートの男とすれ違った。長身でサングラスをかけた男だ。
男は早足で交差点を横切り人の波に消えた。
(今の人……冬にサングラスかけてるのも日本じゃ珍しい。もしかして裏っぽい仕事の人?)
海外ではファッション目的だけではなく、目を守る目的でサングラスを愛用する人間は多い。しかし日本で冬にサングラスをかけている人間は、芸能人かヤクザ関係くらいなものだろう。
比奈は父親が警視庁の組織犯罪対策部の刑事であることから、父に裏社会の人間の見分け方や雰囲気を言い聞かされている。
今の男は父が言う〈ヤクザの匂い〉を放つ男だった。
(ああいう危ない雰囲気の人には関わらない、関わらない)
木村夫妻の自宅があるマンションに到着した頃には、サングラスの男は比奈の記憶の彼方へ消えていた。
エントランスのオートロックの前で美月の部屋番号の呼び出しボタンを押す。すぐに応答はなく、スマホを見ても比奈が送ったメッセージへの返信はなかった。
「えー? 美月出ないなぁ」
もしかしたら娘を寝かしつけながら一緒に寝てしまった可能性もある。
もう一度呼び鈴を鳴らすべきか、美月のスマホに連絡するべきか思案しているところに、細身の身体にパンツスーツを着こなした女性がエントランスに入ってきた。
どこかで見た女性だ。確か、警察官である父親の関係で……。
「比奈ちゃん?」
向こうも比奈を知っていた。パンツスーツの彼女は懐から比奈の父親と同じ、桜田門の身分証明書を掲げた。
「久しぶりね。捜査一課の小山です」
「お久しぶりです! 父がお世話になっております」
どこかで見た顔だと思えばやはり、父と同じ警視庁刑事の小山真紀だ。
「石川さんにお世話になってるのは私の方よ。美月ちゃんに会いに来たの?」
「美月とランチの約束をしているんです。でも呼び鈴押しても出なくて……。小山さんはどうしてここに?」
「私も美月ちゃんに用があるの。比奈ちゃん、悪いけどもう一度、呼び鈴押してもらえる? それでもダメなら、美月ちゃんに電話してくれるかな」
「わかりました。あの……警察が美月に用があるってただ事じゃないですよね?」
比奈は呼び出しボタンを押す指を寸止めした。これまでの美月との長い付き合いで比奈が知る限り、警察が美月を訪ねる理由は犯罪組織カオス絡みしかない。
真紀は比奈への説明を躊躇した。通常は民間人に捜査情報は漏らせない。
しかし比奈は石川警視正の娘、そして美月の親友だ。佐藤の件で話を聞くにしても、友人の比奈が側にいてくれる方が美月の精神的な負担も軽減される。
キャビンアテンダントの職に就く比奈は仕事先で訪れたイギリスの土産袋を提げていた。
イギリスと言えば美月が好きな名探偵シャーロックホームズ。
今日はホームズ関連のイギリス土産を美月に渡して、ついでに美月と美夢を連れてランチに出掛ける予定だ。
(約束の時間より早く着きすぎちゃうな。美月に連絡しておこう)
道の片隅で立ち止まり、スマートフォンを取り出してチャットアプリから美月にメッセージを送った。冷たい風が頬に当たって彼女は身を竦める。
再び歩き出した比奈は黒いロングコートの男とすれ違った。長身でサングラスをかけた男だ。
男は早足で交差点を横切り人の波に消えた。
(今の人……冬にサングラスかけてるのも日本じゃ珍しい。もしかして裏っぽい仕事の人?)
海外ではファッション目的だけではなく、目を守る目的でサングラスを愛用する人間は多い。しかし日本で冬にサングラスをかけている人間は、芸能人かヤクザ関係くらいなものだろう。
比奈は父親が警視庁の組織犯罪対策部の刑事であることから、父に裏社会の人間の見分け方や雰囲気を言い聞かされている。
今の男は父が言う〈ヤクザの匂い〉を放つ男だった。
(ああいう危ない雰囲気の人には関わらない、関わらない)
木村夫妻の自宅があるマンションに到着した頃には、サングラスの男は比奈の記憶の彼方へ消えていた。
エントランスのオートロックの前で美月の部屋番号の呼び出しボタンを押す。すぐに応答はなく、スマホを見ても比奈が送ったメッセージへの返信はなかった。
「えー? 美月出ないなぁ」
もしかしたら娘を寝かしつけながら一緒に寝てしまった可能性もある。
もう一度呼び鈴を鳴らすべきか、美月のスマホに連絡するべきか思案しているところに、細身の身体にパンツスーツを着こなした女性がエントランスに入ってきた。
どこかで見た女性だ。確か、警察官である父親の関係で……。
「比奈ちゃん?」
向こうも比奈を知っていた。パンツスーツの彼女は懐から比奈の父親と同じ、桜田門の身分証明書を掲げた。
「久しぶりね。捜査一課の小山です」
「お久しぶりです! 父がお世話になっております」
どこかで見た顔だと思えばやはり、父と同じ警視庁刑事の小山真紀だ。
「石川さんにお世話になってるのは私の方よ。美月ちゃんに会いに来たの?」
「美月とランチの約束をしているんです。でも呼び鈴押しても出なくて……。小山さんはどうしてここに?」
「私も美月ちゃんに用があるの。比奈ちゃん、悪いけどもう一度、呼び鈴押してもらえる? それでもダメなら、美月ちゃんに電話してくれるかな」
「わかりました。あの……警察が美月に用があるってただ事じゃないですよね?」
比奈は呼び出しボタンを押す指を寸止めした。これまでの美月との長い付き合いで比奈が知る限り、警察が美月を訪ねる理由は犯罪組織カオス絡みしかない。
真紀は比奈への説明を躊躇した。通常は民間人に捜査情報は漏らせない。
しかし比奈は石川警視正の娘、そして美月の親友だ。佐藤の件で話を聞くにしても、友人の比奈が側にいてくれる方が美月の精神的な負担も軽減される。