早河シリーズ完結編【魔術師】
『……そうか。あいつが生きていたか』

 12年前に取り逃がし、被疑者死亡で幕を閉じた殺人犯が生きていた。突然の吉報に困惑と抑えきれない気持ちの高ぶりで武者震いが止まらない。

{2年前に俺は佐藤の生存を美月から聞いていました。本来ならすぐに警察に通報するべきでした。でも美月の気持ちを考えると警察に知らせる気にはなれなかった。上野さんにも黙っておこうと俺達で決めたんです。申し訳ありません}
『謝らなくていい。君達の気持ちを考えれば無理もないことだよ』

 隼人にも美月にも苦渋の決断だったはず。上野は、隼人も美月も責めない。

 事情を知らない警察関係者が耳にすれば激怒するかもしれない。警察の中で隼人と美月を罪に問う動きがあれば、上野は全力で隼人と美月を庇うつもりでいた。

むしろ彼らは佐藤の生存の情報提供をしてくれた善良な民間人だ。

『しかし佐藤の生存を警察に黙っていられない事態が起きた……そういうことだね?』
{ええ。さっき美月から連絡があって。佐藤が今朝会いに来たようです。佐藤はキングが動き始めてるから用心しろと警告してきたらしいです。キングの狙いは美月だと……}

 上野の視線は都営住宅に向けられている。車内の杉浦警部補は上野の様子を気にしつつ、双眼鏡越しに睨みを利かせた。

『貴嶋の狙いが美月ちゃんかもしれないとは、こちらも薄々察してはいたよ。奴が美月ちゃんに手出しする前に早急に対処する。美月ちゃんは家にいる?』
{はい。とにかく今日は家から出るなと言ってあります}
『わかった。すぐに君の家に部下を向かわせる』

電話越しにホッとした相手の息遣いが聞こえる。

{ありがとうございます。それと佐藤はカオスを解任されたと言っていたようです。真偽はわかりませんが……}
『佐藤のことも美月ちゃんに詳しく聞いてみる。難しい決断をして連絡をくれてありがとう』

 隼人との通話を終えた上野はそのまま部下の小山真紀の携帯番号に通話を繋げた。
< 33 / 244 >

この作品をシェア

pagetop