早河シリーズ完結編【魔術師】
周囲に人の気配がないのを確認して真紀は声を潜めた。
「佐藤瞬が生きていたの」
「……え? 美月の元カレのあの佐藤さんが?」
「詳しい話は中に入ってから。今は美月ちゃんに家に入れてもらわないとね」
「そう……ですね」
呼吸を整えて比奈は再び、美月の部屋番号の呼び出しボタンを押した。今度は数秒で応答があった。
{……はい。……比奈?}
「うん、私。それと、警視庁の小山さんも一緒だよ」
比奈は一歩下がって、真紀が部屋のインターフォンのテレビモニターに映り込むようにした。真紀は通話口に向けて優しく語りかける。
「美月ちゃん。上野警視に連絡をもらってこちらに来ました。比奈ちゃんと一緒に、お宅にお邪魔してもいいかな?」
{……はい。今開けます}
部屋とこちら側の通信が遮断されたと同時に、オートロックの扉が開いた。
「美月の声……元気なかった」
「彼女にとってはこれから辛い展開になることは間違いないでしょうね」
居住フロアのロビーで二人はエレベーターを待った。到着したエレベーターが比奈と真紀を美月の自宅のある六階に運ぶ。
「木村さんから上野警視に連絡があってね。2年前に佐藤が美月ちゃんに会いに来たそうよ」
「2年前に? そんな話、初めて聞きました」
「比奈ちゃんにも言えなかったのね。木村さんと美月ちゃんは、佐藤が生きていることを警察に黙っているつもりだったらしいの」
美月が親友の比奈にも佐藤の生存を隠していたことに、比奈は怒りを感じなかった。比奈の父親は警察官だ。
もしも比奈が犯罪者の佐藤の生存を知ればそれを警察官の父に秘密にしておける?
美月の気持ちを考えれば、隠したくなるのも当然なのかもしれないとさえ思えてくる。
「美月は佐藤さんが本当に好きだったんです。あの時の私達はまだ高校生でしたけど、あれは美月の本気の恋だったんです」
「うん。私もそう思う。美月ちゃんは佐藤を本気で愛していた」
「たぶん今も……今でも美月は……」
言いかけた比奈の言葉の続きは真紀にもわかっている。エレベーターが開いて二人は六階の通路に降り立った。
「佐藤さんが生きているのなら、小山さんは佐藤さんを捕まえるんですか?」
まだエレベーターの前から動かない比奈は真紀を見据える。
真紀としては非常に答えにくい質問だ。比奈の眼差しが彼女の心に突き刺さる。
「12年前の事件は被疑者死亡で処理されている。でも佐藤が犯した罪は12年前の事件だけではないはず。刑事である私や上野警視も、比奈ちゃんのお父さんも、佐藤を追わなくちゃいけない。……ごめんね」
「私に謝られても……。一番辛いのは美月です」
比奈は泣きそうになる目元を押さえた。今は冷静になるべきだ。ここで自分が泣いても怒っても、何の解決にもならない。
美月の代わりに真紀や警察を責めても仕方ない。
誰が一番辛い? 誰が一番悲しい?
大切な友人のために何ができる?
比奈は気丈に605号室の呼び鈴を鳴らした。開けた扉から現れた美月は、真っ先に比奈に抱き付いた。
美月の華奢な身体は震えている。
「小山さんに事情は聞いたよ。私も一緒に話聞いてもいい?」
美月は後方の真紀を見て、それから比奈を見て頷いた。比奈と共に木村家に招かれた真紀は、今日ここに比奈がいてくれて助かったと心から思う。
605号室のリビングでは長女の美夢が子ども用の布団の上ですやすやと寝息を立てていた。美夢の無垢な寝顔に癒されたのも束の間、真紀は本題に入った。
「佐藤瞬が生きていたの」
「……え? 美月の元カレのあの佐藤さんが?」
「詳しい話は中に入ってから。今は美月ちゃんに家に入れてもらわないとね」
「そう……ですね」
呼吸を整えて比奈は再び、美月の部屋番号の呼び出しボタンを押した。今度は数秒で応答があった。
{……はい。……比奈?}
「うん、私。それと、警視庁の小山さんも一緒だよ」
比奈は一歩下がって、真紀が部屋のインターフォンのテレビモニターに映り込むようにした。真紀は通話口に向けて優しく語りかける。
「美月ちゃん。上野警視に連絡をもらってこちらに来ました。比奈ちゃんと一緒に、お宅にお邪魔してもいいかな?」
{……はい。今開けます}
部屋とこちら側の通信が遮断されたと同時に、オートロックの扉が開いた。
「美月の声……元気なかった」
「彼女にとってはこれから辛い展開になることは間違いないでしょうね」
居住フロアのロビーで二人はエレベーターを待った。到着したエレベーターが比奈と真紀を美月の自宅のある六階に運ぶ。
「木村さんから上野警視に連絡があってね。2年前に佐藤が美月ちゃんに会いに来たそうよ」
「2年前に? そんな話、初めて聞きました」
「比奈ちゃんにも言えなかったのね。木村さんと美月ちゃんは、佐藤が生きていることを警察に黙っているつもりだったらしいの」
美月が親友の比奈にも佐藤の生存を隠していたことに、比奈は怒りを感じなかった。比奈の父親は警察官だ。
もしも比奈が犯罪者の佐藤の生存を知ればそれを警察官の父に秘密にしておける?
美月の気持ちを考えれば、隠したくなるのも当然なのかもしれないとさえ思えてくる。
「美月は佐藤さんが本当に好きだったんです。あの時の私達はまだ高校生でしたけど、あれは美月の本気の恋だったんです」
「うん。私もそう思う。美月ちゃんは佐藤を本気で愛していた」
「たぶん今も……今でも美月は……」
言いかけた比奈の言葉の続きは真紀にもわかっている。エレベーターが開いて二人は六階の通路に降り立った。
「佐藤さんが生きているのなら、小山さんは佐藤さんを捕まえるんですか?」
まだエレベーターの前から動かない比奈は真紀を見据える。
真紀としては非常に答えにくい質問だ。比奈の眼差しが彼女の心に突き刺さる。
「12年前の事件は被疑者死亡で処理されている。でも佐藤が犯した罪は12年前の事件だけではないはず。刑事である私や上野警視も、比奈ちゃんのお父さんも、佐藤を追わなくちゃいけない。……ごめんね」
「私に謝られても……。一番辛いのは美月です」
比奈は泣きそうになる目元を押さえた。今は冷静になるべきだ。ここで自分が泣いても怒っても、何の解決にもならない。
美月の代わりに真紀や警察を責めても仕方ない。
誰が一番辛い? 誰が一番悲しい?
大切な友人のために何ができる?
比奈は気丈に605号室の呼び鈴を鳴らした。開けた扉から現れた美月は、真っ先に比奈に抱き付いた。
美月の華奢な身体は震えている。
「小山さんに事情は聞いたよ。私も一緒に話聞いてもいい?」
美月は後方の真紀を見て、それから比奈を見て頷いた。比奈と共に木村家に招かれた真紀は、今日ここに比奈がいてくれて助かったと心から思う。
605号室のリビングでは長女の美夢が子ども用の布団の上ですやすやと寝息を立てていた。美夢の無垢な寝顔に癒されたのも束の間、真紀は本題に入った。