早河シリーズ完結編【魔術師】
暗闇に包まれた警視庁の会議室。壁のスクリーンを映すプロジェクターの淡い光が唯一の光源だ。
警視庁参事官の長谷部警視正は腕組みをしてテーブルの端に腰掛けた。彼の隣には同じくテーブルに腰掛ける篠山恵子がいる。
『どうして捜査指揮を願い出た? 貴嶋関与の疑いのある事件であっても、わざわざ面倒な誘拐事件に手を出さなくてもいいだろう』
「この事件の指揮官は私がやるべきと判断したまでよ。お願いを聞いてくれて感謝してる」
『捜査本部に上野がいるからだろ。まだ昔の男にこだわってるのか』
「あの人は関係ない」
『そうかな?』
長谷部は恵子の肩を抱いて彼女にキスをする。拒んでも構わず行為を続ける長谷部の背中に恵子は手を回した。
「誰かに見られたらどうするの?」
『心配ない。扉の鍵はかけてある。開ける鍵は……ここにある』
人の悪い笑みを浮かべて長谷部は手元の鍵束を鳴らした。長谷部は最初からこのつもりで、恵子をこの部屋に呼び出したのだ。
『密室とはこうやって作るんだな』
「用意がいい人ね」
『邪魔されたくないからねぇ』
長谷部は上野と同学年。しかし言動も生き方も上野とはまるで違う。
警視庁トップに名を連ねる妻帯者の長谷部も、結局はただの雄。そのただの雄達を利用して恵子は今の地位に上り詰めた。
愛してもいない男と過ごす偽りの愛の時間ほど空虚なものはないと、わかっていても。どれだけ年齢を重ねて大人の称号に不自然さを感じなくなっても、やっていることは子どもと同じ。
もしかしたら子どもの方が要領がよくて器用かもしれない。早く大人になりたいと生き急ぐ子どもも、いつかは気付く。
大人は、不器用で生きづらいと。
*
上野恭一郎は捜査一課フロア内の応接室でソファーに横になり仮眠をとっていた。意識が完全に眠ることはなく、覚醒とまどろみを繰り返している。
ふいに、閉じた瞼の向こう側が明るくなった。消していた電気がついている。
ぼやけた視界で恵子の姿を見つけた。彼女は応接室の入り口に立っている。
『……なんだ?』
「朝になったら木村美月の家に行きます。彼女に任意の事情聴取をするわ」
『彼女に何を聞く気だ?』
上体を起こして乱れた髪を撫で付ける。そろそろ散髪と白髪を染める頃合いだ。こんなに忙しければ床屋に行く時間もない。
「もちろん佐藤の居所を聞き出すのよ」
『彼女は何も知らないと言っただろう』
「あなたの部下ではやり方がぬるいのよ。私が直接吐かせてきます」
『彼女が最初から何も隠していないとしたら?』
恵子は自信に満ち溢れた顔で口元を上げた。
「甘いわねぇ。女は惚れた男のためなら平気で嘘をつく生き物よ。現に木村美月は佐藤の生存をあなたに黙っていたじゃない」
その件に上野は反論しない。
しかし佐藤の生存を黙認していたのは美月の一存だけではない。美月と隼人、夫婦二人で決めたことだと聞いている。
『今は佐藤よりも誘拐事件と貴嶋逮捕を最優先すべきだろう』
「貴嶋の方は組対の石川警視正が上手く動くでしょう。誘拐事件も貴嶋を捕らえれば解決する。私の目的は佐藤の逮捕、そのために木村美月に話を聞く必要があるのよ」
『なぜそこまで佐藤にこだわる?』
「あなたには関係のないこと。せいぜい、小柳の捕獲に失敗しないようにね」
警視庁参事官の長谷部警視正は腕組みをしてテーブルの端に腰掛けた。彼の隣には同じくテーブルに腰掛ける篠山恵子がいる。
『どうして捜査指揮を願い出た? 貴嶋関与の疑いのある事件であっても、わざわざ面倒な誘拐事件に手を出さなくてもいいだろう』
「この事件の指揮官は私がやるべきと判断したまでよ。お願いを聞いてくれて感謝してる」
『捜査本部に上野がいるからだろ。まだ昔の男にこだわってるのか』
「あの人は関係ない」
『そうかな?』
長谷部は恵子の肩を抱いて彼女にキスをする。拒んでも構わず行為を続ける長谷部の背中に恵子は手を回した。
「誰かに見られたらどうするの?」
『心配ない。扉の鍵はかけてある。開ける鍵は……ここにある』
人の悪い笑みを浮かべて長谷部は手元の鍵束を鳴らした。長谷部は最初からこのつもりで、恵子をこの部屋に呼び出したのだ。
『密室とはこうやって作るんだな』
「用意がいい人ね」
『邪魔されたくないからねぇ』
長谷部は上野と同学年。しかし言動も生き方も上野とはまるで違う。
警視庁トップに名を連ねる妻帯者の長谷部も、結局はただの雄。そのただの雄達を利用して恵子は今の地位に上り詰めた。
愛してもいない男と過ごす偽りの愛の時間ほど空虚なものはないと、わかっていても。どれだけ年齢を重ねて大人の称号に不自然さを感じなくなっても、やっていることは子どもと同じ。
もしかしたら子どもの方が要領がよくて器用かもしれない。早く大人になりたいと生き急ぐ子どもも、いつかは気付く。
大人は、不器用で生きづらいと。
*
上野恭一郎は捜査一課フロア内の応接室でソファーに横になり仮眠をとっていた。意識が完全に眠ることはなく、覚醒とまどろみを繰り返している。
ふいに、閉じた瞼の向こう側が明るくなった。消していた電気がついている。
ぼやけた視界で恵子の姿を見つけた。彼女は応接室の入り口に立っている。
『……なんだ?』
「朝になったら木村美月の家に行きます。彼女に任意の事情聴取をするわ」
『彼女に何を聞く気だ?』
上体を起こして乱れた髪を撫で付ける。そろそろ散髪と白髪を染める頃合いだ。こんなに忙しければ床屋に行く時間もない。
「もちろん佐藤の居所を聞き出すのよ」
『彼女は何も知らないと言っただろう』
「あなたの部下ではやり方がぬるいのよ。私が直接吐かせてきます」
『彼女が最初から何も隠していないとしたら?』
恵子は自信に満ち溢れた顔で口元を上げた。
「甘いわねぇ。女は惚れた男のためなら平気で嘘をつく生き物よ。現に木村美月は佐藤の生存をあなたに黙っていたじゃない」
その件に上野は反論しない。
しかし佐藤の生存を黙認していたのは美月の一存だけではない。美月と隼人、夫婦二人で決めたことだと聞いている。
『今は佐藤よりも誘拐事件と貴嶋逮捕を最優先すべきだろう』
「貴嶋の方は組対の石川警視正が上手く動くでしょう。誘拐事件も貴嶋を捕らえれば解決する。私の目的は佐藤の逮捕、そのために木村美月に話を聞く必要があるのよ」
『なぜそこまで佐藤にこだわる?』
「あなたには関係のないこと。せいぜい、小柳の捕獲に失敗しないようにね」