早河シリーズ完結編【魔術師】
 ひやりと肌を刺す空気の漂う午前9時、篠山恵子が木村家を訪れた。

 恵子は遠慮もなくソファーの上座に腰掛けた。来客が上座に座るのは当然だが、すすめられてもないのに堂々と上座に座る無礼な態度に隼人は眉をひそめた。
リビングの隅にいる立ち会いの真紀が申し訳なく隼人に頭を下げていた。

「朝早くからごめんなさいね。捜査本部の指揮官を務める篠山恵子と申します」

 恵子がテーブルに名刺を置く。隼人が名刺を受け取る間も、美月は娘の美夢を抱いたまま微動だにしない。
朝早くの見知らぬ来客と兄の斗真の姿が見えずに不安がる美夢の機嫌は悪く、美月の腕の中でぐずっていた。

「こちらも急いでいるので単刀直入に聞くわね。木村美月さん、佐藤瞬の居場所を教えていただけますか?」
「知りません」

美夢をあやす美月は全身で恵子を拒絶していた。隼人が娘に手を伸ばす。ぐずっていた美夢は父親の手を握ると少し落ち着いた。

「あなたは佐藤の元恋人。居場所は知らなくても連絡先くらいはご存知なのでは?」
「何も知りません」
「ご主人の前では言いにくいこともありますよね。ご主人には席を外していただきましょうか?」
「その必要はありません」

 初めて美月の焦点が恵子に定まった。臆せずこちらを見据える美月の眼差しに恵子の作り笑いがひきつり、両者が睨み合う。

「……あなた綺麗ね」

恵子が唐突に呟いた。

「若くて綺麗で、何不自由ない人生を送ってきた顔をしている。世の中の女の大半は、あなたが当然と獲得してきたモノを欲しがるでしょうね」
「仰っている意味がわかりませんが……」
「そうでしょうね。ただの独り言よ。だけどあなたも上手くやったのね。あなたが高校生の時に佐藤は三十代。子どものくせに、よく大人の男に相手にされたわね。まぁ若い女に迫られたら男なんて簡単に落ちてしまうものねぇ」

 美月を愚弄する言葉に隼人は唇を噛んで恵子を睨み付けた。
< 59 / 244 >

この作品をシェア

pagetop