早河シリーズ完結編【魔術師】
 一方の美月は感情を露にせず、落ち着いている。

「私はあの人を愛しただけです」
「佐藤瞬は犯罪者よ」

 その時、美月がクスッと笑った。恵子に侮辱ともとれる言葉を投げ付けられても美月は怒るどころか、この状況で笑ってみせた。

「あなたに言われなくてもわかっています。佐藤さんのことは私が誰よりもわかってる。でも私でさえ、彼がどこにいるのか見当もつきません。連絡先も知りません」
「本当に知らないのね?」
「ええ。仮にも警察の方なら、嘘をついているかそうでないか、目を見れば見抜けるんじゃないんですか? それともそれはドラマや小説の中だけのお話ですか?」

 この場に不似合いな美月の穏やかな微笑が恵子の怒りを煽る。
静観する真紀には、美月の行いは恵子を試しているようにも、先ほどの挑発の仕返しのようにも見えた。

既にこの戦いの決着は目に見えている。美月と睨み合っていた恵子が先に目をそらした時点で、勝敗は決まった。

 真紀を残して恵子だけが木村家を辞した。彼女は大股に通路を歩いてエレベーターホールに向かう。

(あの子、どこであんな度胸つけてきたのかしら)

 美月はこちらの挑発に一切怯まず、真っ向から恵子に歯向かってきた。木村美月という女を少々甘く見ていたようだ。

これまで何不自由ない家庭環境の下で育ち、親や友達、恋人に大切にされてぬくぬくと育ってきた苦労知らずなお嬢さん……それが恵子が抱いていた美月のイメージだった。

 美月は犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖のお気に入り。一筋縄ではいかない女だ。
なるほど、犯罪組織の帝王が面白がって気に入るのも頷ける。

 20歳近くも年下の女にやり込められた怒りは簡単には収まらない。何よりも美月は恵子が持たざるモノ、持とうとしなかったモノを易々と手に入れている。

美月は何でも持っている。美しさも若さも幸せな家庭も、かつて恵子が愛した上野の心も。すべてを持っている。

 どれだけ地位と名誉を手に入れても、どれだけ女としての美貌を維持し続けても、絶対に恵子が手に入れられなかったモノを持っている美月が妬ましくて、悔しかった。
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